Cannondaleは人の名前(中編)

前編はこちら

自転車メーカー「Cannondale」は駅の名前、駅前にはキャノン砲が置いてある。

しかし、キャノンデールの「キャノン」はキャノン砲じゃない。

18~19世紀にかけて、この地域一帯に大きな影響を及ぼした一家に由来する。

その名を、キャノン家(Cannon family)という。


もともと、現在のキャノンデール地区を含む地域は、先住民から「Pimpewaug」(ピンペワーグ)と呼ばれていた場所。

ヨーロッパからの入植者たちもそう呼んでいた。

今でもPimpewaug Roadという通りに名前が残る。

17世紀にイギリス人が入植を始めた頃は、やっぱり先住民と悲しい衝突があったみたい。

中心にはノーウォーク川(Norwalk River)が流れていて、農業や製材業が盛んな土地柄だったらしい。


この土地の歴史にキャノン家が顔を出すのは、18世紀の終わり。

1780年代、ジョン・キャノン(John.Cannon)という人が、「Cannon Store」と呼ばれるOld Red Shopを開いたそうな。

このOld Redってのがよく判らないんだけど、レンガに関係あるのかな?(どなたかご存知ですか?)

とにかく、この何を売ってたのか判らないCannon Storeなるお店での商売で、キャノン家は名士になった。

このCannon Storeの建物は、移築されて現存する(写真)。

つまり、自転車メーカーの由来となる駅が現存するだけでなく、駅の由来となった建物までもが現存するということだ(笑。

アメリカって国は、時々エラい。

Cannon Storeは60~70年以上に渡る営業の後、1860年頃には閉店したらしい。

1860年当時の主人は、チャールズ・キャノン(Charles.Cannon)と言う人。

1860年は日本は江戸時代末期、桜田門外の変が起きた年。

アメリカではリンカーンが大統領になり、南北戦争がまもなく起きようとしていた頃。

チャールズさん、当時の国勢調査では農家として記録されている。

ところがどっこい、このチャールズさんが只者じゃなかった

お国に農家だと言いながら、10年前の1850年頃には地域の女性を雇い入れ、オーバーオールやベストなどの作業着を生産するビジネスを始めていたのだ(笑。

この商売は7年程度で止めたようだけど、末期には300を越える縫い子さんを雇っていたというからかなりのもの。

ちなみにほぼ同じ時期、西海岸ではあのリーバイスが創業している。

チャールズ・キャノンの活躍はこれだけじゃない。

1850年代に鉄道建設が始まると、下請け契約を結んで線路を敷く仕事を請け負う。

結構な人数のアイルランド人を雇い入れ、1851年3月~12月の間に線路を敷き、1852年に無事開業させる。

これが今も残るダンバリー支線の線路。

つまり、Cannon Storeは単なるお店ではなくて、服飾業から土木建設業まで手掛ける総合商社のような存在だった。

もしもPimpewargに商工会議所があったなら、チャールズさんは間違いなく会頭だね(笑。

お裁縫から工業へという歴史も、どこかのブランドに似ている(笑。

影響力はさすがに大きかったようで、Pimpewaug地区の中心部を人々に「Cannon’s~」「Cannon~」と言わしめていた。

ちなみに駅前の踏切を通る道はキャノン通り(Cannon Road)という。

鉄道が開通し、キャノン通りと線路の交差点に駅が置かれると、当然のように「Cannon Station(キャノン駅)」と名がついた。

これがキャノンデール駅の始まり。

ちなみに、当時Wiltonにできた最初の駅の古写真がこれ(なんと現存する)。

今のキャノンデール駅舎は開業時のものではないんだけど、似たような感じだったのかもね。

チャールズさんがCannon Storeを閉めたのは、必要がなくなったからなんだろうな。

チャールズ・キャノンはまだ止まらない。

鉄道開通後、チャールズさんはすぐに郵便局の招致運動を始める。

1870年、願いかなって駅に「Cannon Station郵便局」が設けられる。

つまり、あの駅は郵便局でもあったわけ。

郵便物は鉄道で地域に持ち込まれるわけだから、駅に郵便局を置くほうがラクだよね。

田舎だし、とにかく駅に届けば何とかなったんだろう。

そんな流れなのか、駅周辺の一帯までもがCannon Stationと呼ばれるようになった。

当時は手紙しかないし、郵便局の名前が自然と地名として認知される時代だったんだね。

いずれにしてもチャールズさん、自分で仕込んだ郵便局招致で、キャノンという家名を公的な地名にしてしまった(笑。

キャノン家はチャールズさんからの3代で最盛期を迎え、すっかり地元の名家になる。

他の家族も代議士になったりしていたようではあるけど、あまり細かいことは判らなかった。

アメリカの片田舎の古い郷土史だから、ネット程度じゃキャノン家の記録はなかなか見つからないんだな(笑。

でも、功績を認められていたのは確かなんじゃないかと思う。

古今東西、悪代官の名が地名として認知されるとは思えないし。

じゃあ、「デール」ってのはなぜ付いた?
以下次号(笑。

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3 Responses to Cannondaleは人の名前(中編)

  1. NOBRAND says:

    >Motoさん

    長文にお付き合いくださってありがとうございます!

    文章力なんてないですよ~(笑。
    駅は有名ですけど、語源は自転車世界では殆ど知られていないと思うので、マニアになりきってみました。
    ネタになれば幸いです(笑

  2. ピンバック: Cannondaleは人の名前(後編) « 思い描く走りを求めて

  3. Moto says:

    NOBRANDさんの文章力に惹かれますねぇ!すごい楽しく読ませてもらっています! 次号が待ち遠しい~!

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