オリンピックの思い出

自転車趣味に乗り始めた頃にMTBがオリンピックに組み込まれたのはラッキーだったのかも。
4年に一度のオリンピックごとに違う思い出があり、自転車人生を振り返るチャプターになっているからね。

記念すべき第1回大会となった1996年のアトランタは、まだネットもない時代。
乗り始めってのは自転車の全てが新鮮に感じるもので、何もかもが楽しい。
乗るのも楽しい、洗車も楽しい、パーツであれこれ悩むのも楽しいっていう時期、誰でも覚えがあるでしょう?
アトランタオリンピックにマウンテンバイクが加わると聞いた頃、オレはそこにいましたよ。

これはCWSカップで3位ゴールした時の写真。
平らな河川敷コースなのに酷いフォームだね(笑
このヘルメットはBell製で友人に借りたものだけど、当時でも骨董品だったよ(笑。
オレとBellの付き合いはキャノンデールよりもずっと長くて、このお椀から始まった。

これは相模湖で開かれたキャノンデールカップでのオレ。
完全に腕が上がってヘロヘロだね。
まだピタピタのジャージに気恥ずかしさを感じていた頃で、Tシャツで走ったよ(笑
ヘルメットは自分で買ったBellのImage Pro。
偶然にもボルボのアリソン・サイダーと同じだったので密かに喜んでいた(笑
グローブはパールイズミのジョニーT、サングラスは「オークレー」のMフレームでした(^^;

MTBへの思いが膨らんで白馬にいた頃は、長野オリンピックを控えて盛り上がっていた時期。
村中に刻まれたあのシンボルマークは嫌でも記憶に残ったし、ジャンプ台にも登った。
オレが白馬にいたのはMTBシーズンの夏だけど、そんなわけで冬季オリンピックの思い出とも重なっている。
これは白馬大橋の下の松川河川敷、写っているのは岩岳のレンタルバイクだった丸石ブラックイーグル。
DHのメッカらしく、フルサスがレンタルバイクになっておりました。

ここは日本で一番好きな場所のひとつで、その後も白馬へ行くたびに必ず行ってるよ。

 

岩岳の頂上がDHライダーでひしめいていた頃。
この集団の中には、当時のトップライダーも含まれている。
オレはレストランのバイトだったせいもあるけど、遠目に眺めるのが精一杯だったね(笑
でも、当時はこれがプロライダーと多くの一般サイクリストとの距離感だったんじゃないかな?
今はユリのお花畑になっているみたいだけど、ちょっと行ってみたい。

アトランタの頃のオレには、MTBで富士山須走口を登る元気もあったよ(笑
この頃、最初の愛車ニシキは塗装を剥がして磨きなおし、ウレタン塗装したんだ。

2000年のシドニーは、キャノンデールに乗り換えてすぐの頃。
XCレースも深夜にテレビ放送された。
はっきりとは覚えてないけど、鈴木雷太選手がミゲル・マルチネスにブチ抜かれたシーンをチラリと見た記憶がある。
当時はとにかくマルチネスがバカっ速かったね。
この頃のMTBはダウンヒル中心になる傾向が強かった記憶があって、オレもこんなことやってたよ。

これは2000年秋の富士見Aコース、ゴンドラ下であります。

2004年アテネの頃は仕事に夢中だった頃。
自転車には乗っていたけど、仕事の発想を巡らせながら流すような状態。
自転車への感動というか新鮮さはもはやなく、飽きていたんだね(笑。
とはいえ、アブサロンが勝ったのも知ってたよ。
アルカンシェルと金メダルの色が入った凄い色のORBEAに乗ってたよね(笑

これは2003年に清里へ登ったときの写真だけど、思い出したように遠出するくらいだったね。
この写真を撮ったあと、祖父が危篤との連絡が入ってツーリングは切り上げ。
2日後に祖父は90歳の大往生となりました。

2008年の北京は、レースへの興味を完全になくしていた時期。
アブサロンが連覇したのも覚えてるけど、それだけ(笑
新たにRizeを買ったのもこの時期だけど、ことレースに対しては一番遠い時期だったね。
この写真を撮った直後、ちょうど祖母が危篤との連絡があり、翌朝に95歳の大往生。


で、今回のロンドン。
本来であれば、もはや自転車レースなんてどうでもいい状態になっていたはずなんだ。

しかし縁あってカズ選手と知り合い、ロンドンへの枠取りチャレンジを始めたカズ選手の活動を何とか盛り上げたい気分になった。
カズ選手の走るレースをあれこれ調べているうちに、若かりし頃に夢中で雑誌を読み漁っていた頃を思い出したよ。
雑誌で数ヶ月前に終わったレースの記事を眺めたり、横浜そごうの本屋でMountain Bike Actionなどの海外雑誌を立ち読みしていた当時を思えば、ネット上でカズ選手のレースを追えてしまうこと自体が夢みたいに思えた。
地球の裏側の情報が見えちゃうわけだからね!

そのカズ選手に引っ張られてレース会場に足を運ぶようになり、今を走る選手の姿を直に見ることになった。
直接レースを見ると、今の日本には魅力的な選手がたくさんいることに気が付く。
現役選手の凄さはもちろん、これからが楽しみな若い選手がたくさんいるのも心強い。

当時から場を作ってくださっている方々も、変わらず頑張っておられる。
オレと同世代の人たちも後進に視点を向け、それぞれのやり方で頑張っている。
ああ、オレが今まで通り過ぎてきたオリンピックでも、こういう環境から選手が出て行ったんだろうなと思ったよね。

40歳は人生の正午と言われる年齢。
誰でも自然と世間様に何かを返したくなる思いが芽生えるもので、そういった気分もこのブログのモチベーションだったりする。

そんなこんなで今回のロンドン。
非常におこがましい言い方だけども、なんとなく自分も参加したような気分で眺める初めてのオリンピックなんだよね。
ありがたいことにネット中継もあるそうだし、テレビでも中継録画が放送されるとのこと。
いい時代だ。
多くの思いを載せて出走する幸平選手と片山選手。
子供達や若い人達がその雄姿を記憶に焼き付けてくれたらと、往年の若者は思いを巡らすわけであります。

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2 Responses to オリンピックの思い出

  1. NOBRAND says:

    たっちゃん

    何だろ?
    あの頃のDHライダーは個性的な人が多かったかもね。

  2. says:

    自分の記憶を思い返す限りでは、私のMTBの原点って90年代に見た日本のDH選手の特集をTVで見たことのように思います。お名前覚えておりませんが(;´∀`)
    それとほぼ同時にキャノンデールの赤いバイクにサスペンションが付いているのを雑誌か何かで見て、自転車にサス付いたΣ(゚Д゚)スゲェ!!となっていました(笑) 

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