終戦記念日

実家に帰るのに自転車か電車か迷ったけど、朝のうちの涼しさから自転車を選択。
朝っぱらから走り出したわけだよ。

まだ人出のない湘南の海っぺたをトコトコと走っているうち、そういや終戦記念日だなあとふと思い出す。
67年前、湘南海岸が米軍艦艇で埋め尽くされた史実、ご存知の方もいるでしょう。
日本がポツダム宣言を受諾して降伏した後、戦艦をはじめとする400隻を越える米軍艦艇が相模湾を埋め尽くしたという。
これがその時の写真。

海の向こうに富士山、箱根、大磯丘陵。
湘南界隈のサイクリストには見慣れた景色に、米軍の艦艇。
手前の大型艦は、戦艦大和に対抗したと言われるアイオワ級の戦艦であります。
アメリカ最大の戦艦と日本の象徴である富士山を入れた構図、日本の敗戦をシンボリックに切り取ろうとしたんだろうね。
戦後世代にとっては加山雄三だったりサザンオールスターズだったり、青春を謳歌するイメージの強い湘南海岸。
今の湘南海岸を見たら、とても信じられない光景。

オレが自転車に乗り始めた頃は、三浦で本格的な競技車を見かけることはあまりなかったんだよ。
それが最近の自転車ブームで、高そうな自転車が目に見えて増えた。
地元出身者として親しんでもらえるのは嬉しいのだけど、やっぱり多くの人にとってはマグロみたいでね(^^;
それだけじゃ飽きるだろうから、少しだけ過去を知ってもらえたらとも思ったんだよ。
マグロ食いに行くのとは違った、滋味あるサイクリングもできると思うからね。

戦前の三浦半島一帯は、要塞地帯だったんだよ。
東京湾をグルリと囲む、東京湾要塞の一角を担っていた。
横須賀軍港、そして首都東京の玄関口にあたるわけなんで、三浦の景色のいい高台や海岸は大抵戦争に関係がある。
今でも多くの戦争遺跡が残っているんだよ。
例えば、三浦に走りに行くサイクリストはこの光景をよく見るでしょう?
このあたり、たぶんカズ選手も知っていると思うけどね。

これは三浦で最も高く、神奈川県で最も低い山である岩堂山(いわどうやま)から城ヶ島方向を見下ろした写真。
一面の畑の中を下る一本道が印象的であり、東西南を見渡せる景色の良い場所でもある。
この写真に写ってないけど、見渡す限りのこの畑地帯には砲台があって、この岩堂山はその着弾観測所だったんだ。
オレが子供の頃はまだ頂上に観測所の廃墟が残っていたけれども、子供心に気持ち悪い場所ではあったね。
もっとも当時はエッチな本が捨ててあることで子供には知られていたけれども(笑
岩堂山から下るこの一本道はサイクリストにも有名だけど、この道沿いには先端に写る城ヶ島にあった砲台へ続く電線も通されていたようです。

これは城ヶ島砲台の跡地から岩堂山を見返した写真。
左方の二つに割れたような丘が岩堂山で、上の写真は2つのピークの間から撮ったもの。
対岸右手は剣崎灯台のあるあたりだけど、あのへんにも砲台があったそうです。

上の写真、中央左に橋が写ってるでしょ?
これもサイクリストによく知られる、宮川大橋という橋。
こんなもん、オレが子供の頃にはなかったんだけどね(笑
この橋の上から見下ろすと、宮川海岸という岩礁地帯が見える。

今では岸壁と防波堤に囲まれているけど、オレが子供の頃には、左奥のヨットハーバーはまだなかった。
あの周辺は平らな岩礁地帯がずーっと広がるのだけど、あのへんにも塹壕やトーチカの跡が残されていた。
もう15年くらい行ってないけど、まだあるんじゃないかな??
ちなみに、戦前の宮川海岸の写真がこれであります。

城ヶ島砲台は、現在は城ヶ島公園になっている。
据え付けられた砲は、明治時代の戦艦から下ろした主砲が2基。
この丸い花壇はその跡地で、もう1基は左奥に見えるトイレ周辺にあったらしいです。

城ヶ島にはこれ以外にもたくさんの遺跡が残っているんだけど、もうほとんど判らなくなってる。
そんな中で、戦争がそこにあった史実を生々しく今に伝えているのがこれ。
城ヶ島砲台の入口であります。

2基の砲台の下には地下通路があり、それが今も現存している(もちろん、入口は厳重に閉鎖されています)。
この迷彩塗装は後世に塗りなおしたものではなく、大日本帝国陸軍の手によるホンモノ。
能天気な観光地である城ヶ島公園だけど、ここは時が止まった重々しい雰囲気に包まれている。
場所は公開されていないので、ここには書きません。
公園駐車場のおじさんに聞いてみてください。

これは城ヶ島の駐車場。
城ヶ島大橋を渡ってグルリと下りてくるループの内側だね。

ここはもともと砂浜で、大正時代までは海水浴場だったのです。
丘の向こう側は城ヶ島大橋が作られた後に大規模に埋め立てられたけれど、まるっきりの海だったんだね。

このあたりは関東地震で大規模に隆起が起き、砂の中の岩が露出して海水浴場としては使い物にならなくなった。
その後、城ヶ島砲台が作られることになったようです。
この海岸、おそらく主砲を荷揚げするために使われたのでしょう。
クレーンのない場所で艦砲を丘に上げるのは非常に大変な作業だったみたいだよ。
戦後には城ヶ島大橋を作るためのヤードになり、今のような形になったようです。

三浦半島の海岸は岩礁が多いけど、人が容易に立ち入れる場所には大抵戦争遺跡がある。
日帰り帰省ではとても全部は回れないので、機会があったらご紹介しますよ。
ちなみにここは葉山と横須賀の中間にある秋谷海岸(あきやかいがん)。
このへんでも旧日本軍のものと思しき弾薬の信管が見つかったそうで、警告の看板が立っていますな。

で、日が暮れる頃に帰ってきたんだけどね。
夕暮れの富士山の手前に写るテレビ塔のある丘は、サイクリストに有名な湘南平。
戦争中には、ここにも高射砲台があったそうな。
サイクリストが「~分で登れた!」と一喜一憂しているあの坂道は、それ自体が戦争遺跡なのだそうです。

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6 Responses to 終戦記念日

  1. NOBRAND says:

    カズ選手

    いつか実行できるように、ネタを少しづつまとめておきますよ!(^^)

  2. KAZU says:

    『豊かな人生、豊かな自転車人生』をテーマに一緒に走りたいものですね。
    そのためにも走り込みお願いします(笑)
    すべて先頭引きでお願いします。

    お正月に行った場所も戦争の遺跡だったのですね。

    三浦って面白いなぁ~と思います。

  3. NOBRAND says:

    カズ選手

    以前からカズ選手はこういうの好きそうだなあと思っていたんですよ(笑
    正月に行ったあの高台も、実は戦争遺跡なんです。

    終戦記念日なので戦争ネタでしたが、他にも漁業とか灯台とか地質とかの切り口もあります。
    人様をご案内できるように、写真撮りつつマメに走らねば(笑

    あのトム・リッチーがこう言っていますね。
    「サイクリングは自分の世界を築くことができる。」
    その世界が広ければ広いほど、豊かな自転車人生ですよ。
    歴史をテーマに全国をサイクリングしたら、それこそ一生飽きないですよね(^^)。

  4. KAZU says:

    よく知っている風景の中に歴史があるのですね。
    ほとんど知らずに走っていたことをもったいないと感じました。
    この歴史を風化させないためにも、僕たちの周りからでいいので歴史的遺跡をめぐるサイクリングをやりたいものですね。
    僕がもっと知りたいです。
    ガイドはnobrandで笑

  5. NOBRAND says:

    ヤノさん

    東京湾側だとさらに重厚ですよね。
    横須賀は今でも軍港の街ですが、三浦みたいな郊外は戦争遺跡として目立った告知がされていませんね。
    ウチの祖父母と同じ当事者世代がご健在だったせいかと思っているのですが。
    ただ、戦争を知る世代が減っている今は、逆に表に出していかないと本当に風化してしまう気がしています。

  6. ヤノ says:

    浦賀、走水、猿島…三浦半島の東側も戦時中を物語る場所が残ってますね。
    私の祖父は体が弱く、戦地に行けなくて浦賀ドッグで働いていたそうです。
    自分がいま横須賀に住んでいるのは、そんな事情も関係してます。
    繋がっているんですよね。過去と未来(^ ^)

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