I met Greg LeMond, I met the origin of my cycling life.

陸前高田市で開催されたツール・ド・三陸。
思っていた以上に思い出深いイベント参加となりましたよ(^^)

オレにとって未踏の地である東北地方。
自転車趣味を始めてから気にはなりつつも、行く機会がなかったんだよね。
以前はJシリーズも開かれていたのだけど、やはり神奈川からは距離があるし。
でも、桜の時期に首都圏の駅に掲示される角館の武家屋敷の写真があるじゃん?
アレなんかはいつも立ち止まって見つめてしまうわけですよ。
86年の三原山噴火を見て以来の火山好きでもあるので、磐梯山などの山々にも憧れも抱いていた。
いつか東北に行きたい、という漠然とした思いはずっと抱えていたんだよね。

今回、ツール・ド・三陸に赴くにあたっては、こういった積年の思いがきっかけではあった。
とはいえ、震災から復興を始めた被災地で自転車イベントやって歓迎されるのだろうか?という思いもあったのも正直なところ。
地元の方々は多くの来場者を望んでいるという話も聞いたのだけど、複雑ではありましたね。
そんな悶々とした心境にトドメを刺したのは、あのグレッグ・レモンが一緒に走る、ということでした。
我ながら不謹慎だと思いつつ、レモンに吊られて陸前高田に行こうかと思った。
そして実際にこの目で状況を見て、オレなりにできることを考える機会にできれば意味を見出せるかもしれないと思い至った。
で、東北道をひたすら北上する決心をしたわけです。

書きたいことは色々あるのだけど、一度には書けない。
まずは今回招待されていたグレッグ・レモンについて書きましょうかね。
かなりミーハーに書きますが、あくまでレモンのことだけなんでご容赦を(^^;

グレッグ・レモン(Greg LeMond)。
ツール・ド・フランス3勝、世界選手権2勝(ジュニア時代にも1勝)という戦績を持つ、アメリカの偉大なロード選手であります。

DSCN1636

確かオレより10才上なんで、今年で52歳かな?
ツール・ド・三陸では、先日発表されたばかりの新生LeMondブランドの自転車に乗っておりました。

DSC_0101-1

レモンの綴りは”LeMond”であって、果物のレモン(Lemon)とは違う。
どちらかと言えば、ルモンドと言う方が近いようです。
けど、日本人にとって覚えやすい名前には違いがない。

彼の全盛期は1990年頃。
10年前のアームストロング時代、20年前のインドゥライン時代のさらに前。
引退して早19年、レモンと聞いて胸を躍らせるのは、オレみたいなオッサンだけかもしれないね(^^;
実際、ツール・ド・三陸の参加者にもレモンがそこまでの大物選手だとは知らなかった、という方もいました。
それなりの時間が経っているので、これは仕方がない。
オレだって、オレが生まれた頃に走っていたエディ・メルクスを見てもピンと来ないだろうから。

このブログでも何度か書いているけれど、オレが自転車趣味に触れたのは、80年代のツール・ド・フランスの映像を大量に見せられたのがきっかけ。
中でも印象に残ったのが、若き日のグレッグ・レモンでありました。

gal_perf_lemond_b

「ツール・ド・フランス」という言葉を初めて知ったのは、小学生の頃。
親父が購読していた雑誌「太陽」に、フランスを1周する自転車レースとして紹介されていたんだね。
綺麗な山を望む峠道に、カラフルな自転車選手の集団が走っている写真が一枚。
今思えば当時はベルナール・イノーの全盛期だったはずだけど、ガンプラ作りに燃える小学生がそんなことを知るわけもない。
フランス一周する自転車レースがあるんだ、くらいの記憶でしかなかった。

それから10年くらい後、周囲の友人が自転車趣味に凝り始める。
四六時中つるんでいたから自然と自転車世界の情報が入ってくるし、自転車雑誌を眺めているうちに興味も芽生えてくる。
若いうちはヒマな時間もあるもんで、
「まあこれを観てみな。」
という言葉とともに、ツール・ド・フランスのビデオを大量に見せられた。
83年から91年までのツール、NHKのダイジェスト番組の録画だったね。

最初に見たのは83年のツールで、勝ったのはフランスのローラン・フィニヨン。
84年もフィニヨンが優勝、この年に新鋭グレッグ・レモンはツールにデビューしたそうな。
85年、フィニヨン以前にツール4勝を挙げていたベルナール・イノーが結成したラヴィクレールチームにレモンも参加。
イノーはあのエデイ・メルクスらと同じ5勝目を狙うのだけど、転倒で負傷。
そのためレモンはエースにタイム差を付けることとなり、参戦2年目にして早くも勝てる選手として頭角を現すわけですよ。
しかし、チームオーダーによってレモンはイノーのアシストとして力を尽くすことになる。
「来年は君を勝たせる」
というのが約束だったとか。
そして、イノーはツール5勝目を挙げる。
出る杭は打たれたわけだね。

86年、この年はレモンが勝つ約束。
しかしイノーはこれを反故にして、レモンに差をつけてリードしてしまう。
これにブチ切れたレモンは力でイノーをねじ伏せ、初のツール勝者になる。
この年のツールは露骨なチーム内の確執が話題の中心で、何も知らないオレにも面白く思えたんだよ。
とにかく人間くさくて、わかりやすくてね(笑
あのラルプ・デュエズでは両雄が手を取り合ってゴールするという演出もあったくらい。
これがヨーロッパの自転車レース、ツール・ド・フランスなんだって思ったものです。

しかし87年に猟銃事故で瀕死の重傷を負い、翌88年も棒に振る。
そしてカムバックの89年のツール・ド・フランス。
最終ステージの個人タイムトライアルにSCOTTのDHバーを付けたヘンな自転車で走り出す。
YouTubeに動画が出ているけど、ライバルであるフィニョンはブルホーンバーにヘルメットなし。
当時はフィニヨンのスタイルが普通であり、今では当たり前のTTスタイルを確立したのがグレッグ・レモンだったわけですよ。
恐ろしいペースで走り抜けた結果、首位のフィニヨンを史上最僅差の8秒という差で逆転し、ツール2勝目を挙げる。

この年は世界選手権でも優勝し、83年に続く2度目のアルカンシェルにも袖を通す。
翌90年もツールを優勝し、まさに絶頂期。

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91年からはあのミゲル・インドゥラインが台頭し、その後の5年間ツールを支配する。
レモンはリタイアする年もあり、急速に衰えていった感じだったね。
後に聞いた話では、猟銃事故で受けた散弾が体に残っているために力が出ない病を発病していたとか。

オレが現役時代のレモンをテレビで見たのは、94年のツール・ド・フランス。
当時所属していたganチームのジャージを買おうと思ったんだよね。

ganteam

けど、レモンのジャージには虹色ストライプがあるのに、市販ジャージにはない。
それが妙に締まりがないデザインに見えて、買う気が萎えちゃった。
それが世界チャンプ経験者にのみ許されるアルカンシェルであると知ったのはこの時。
以来、オレはアルカンシェルの意匠が大好きな人間になって今に至っている。
キャノンデールの選手にアルカンシェル取って欲しいと何度か書いているけど、それはここから始まっているわけです。

lemond05

この年はチームからも置いて行かれる姿が痛々しく、酷く悲しかった。
フジテレビで解説していたのは、あの中野浩一さん。
アルカンシェルを10枚持つ選手だけに、手短でありながらも手厳しいコメントをしたことを覚えている。
偉大な英雄でもこの扱い、これが勝負の世界かと思ったよね。
結局これが最初で最後のリアルタイム体験となり、グレッグ・レモンは現役を引退することになったわけだね。

それからのオレは、レモンとは距離を置いた自転車趣味を進むことになる。
ロードではなくMTBにハマり、ジョン・トマックのスタイリッシュな走り姿に見惚れ、キャノンデールのカッコ良さに憧れる。
でも、雑誌やネットでその時々のレモンの姿を見れば凝視してたんだよ。
路上でLeMondブランドの自転車を見かければ、ついつい見とれちゃう自分はず~っといたのです。
「自転車を買おう」と思ったきっかけがグレッグ・レモンだったことは、思う以上に大きなものだったわけだね。
今回のツール・ド・三陸でも、何台かのLeMondブランドのバイクを見かけた。
これはZチーム時代のレプリカだね。

IMG_2892

SCOTTのドロップインバー、カンパのデルタブレーキ。
チラリと見えるシューズはカルナック。
どこから見てもグレッグ・レモンでありますね(笑

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これはカーボンモンスターであるV2。
初めて実車を見たけれど、3日前まで新品だったデッドストックだったそうな。
レモン本人に見せたら、”Good Condition!”とのコメントをもらったそうです。

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今でも覚えているのは、自分の自転車で「立ち漕ぎ」改め「ダンシング」なるものを初めてやった時。
ツールでのレモンの姿を思い浮かべたんだよ。
彼になれるわけでもないのに、何となくホコホコした気分になっちゃってさ(笑。
それだけで嬉しかったわけですよ。

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人に話したことはなかったけれど、実は今でもこれは変わっていないんだ。
ロードで山を登る時は、今でもどこかでレモンの走り姿を思い浮かべている。
ダンシングする時はもちろん、ハンドルのフラット部分を持って登る時も思い出している。
似ても似つかぬヘタレな走り姿ではありますがね(^^;

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そんなこんなで20年。
やっと会えたグレッグ・レモンご本人であります。
あまりに緩んだ表情なんで載せるの恥ずかしいのだけど(笑

DSCN1669

20年来のファンだと言ったら、一気に表情が柔らかくなって”Oh~”といきなり肩を抱かれてしまった。
年は取っても、あのクリっとした青い瞳は変わっていなかった。
あの瞳がオレを見ている、あの腕がオレの肩に乗っている、あの手がオレと握手している。
全てあの頃に憧れたグレッグ・レモン本人。
20年越しの伝えたい思いは一杯あったんだけども、英語力のなさと久々の大緊張で言葉が出なかった。
何も言えないのがくやしいから、最後に思いの丈を込めてこう言ったんだ。
“I’m happy!!”
もうね、これが全てです。

DSCN1670

Greg, I was glad I met you in tour de sanriku 2013.
20 years ago, my cycling life was started after I viewed your riding in tour de france.

Greg_Lemond_Alpe_D'Huez91
Photo :Wikipedia

Greg, you are my greatest cycling hero during the last couple of decades, and for years to come.
I look forward to seeing you again in the future.

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