Good luck and thank you,Fontana

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Photo :Bianchi

As you know, Our racer, Italian Marco Fontana (丸子本棚) who took a bronze medalist of London 2012 has leave from cannondale.

Honesty my feeling is so sad. Because we had enjoyed worldcup and worldchampionships at 7 years through his riding.

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He had joined to cannondale at 2009, Already his carrier with cannondale was longer than a lots past great cannondale racers.
When he had joined to cannondale, Wheel size of MTB was still 26 inch. Unique Lefty fork had bit evolved from debut, so had provided a right weight and smooth friction, but still was 1st generation.
Currently tire size had became to large, also Lefty fork has evolved to 2nd generation. I think that a evolution of Lefty fork had occured by phenomenon which wheel size had became to large.

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Therefore I think that Cannondale mountainbike’s mostly evolution has occuerd with Marco.

I’m remembering his riding at UCI worldcup when before london olympic.
He had always tried pushing to a head of race.

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Unfortunately he always late from top of race at middle of racing time, so never won at worldcup with cannondale, but also he had won a bronze medal at London 2012 without saddle (I call this as in japanese “Saddle toretana”).

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I think this momement was his best moment as MTB racer of cannondale.
This is “the” mostly excited race of my experience as cannondale fanatic during 20 years.

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All professional bike racer will leave from a circuit sometime. I had experienced a lots retirements of my favorite racers as such as Greg LeMond, John Tomac, and more. When my favorite racers had leave from cannondale, I always felt sad same as their retirement. For example, Alison syder, Missy Giove, Anne Caroline Chausson, Cedric Gracia, Brian Lopes etc.

A rider who never provide sadness like this to me is just only Tinker Juarez.
But he still has stay on a race track. His costume will be changed to celeste blue from berserker green, but also we can still see his riding. Hoping cheer for his next stint.
Thanks Marco, We love you. Good luck!

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22 years of Mr.Cannondale

Today, A beautiful comparison photo has been flown to my time line of Facebook. That is below.

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Image :Cannondale Mexico(Facebook)

Do you remember? or Do you know it? Above photo is the cover image of Cannondale’s catalog 1995. They are the original members of legendary Volvo cannondale team. Left to right,

Myles Rockwell (2000 DH World champion)
David “Tinker” Juarez (1994 USA XC Champion, 1994 World championships Silver)
Sara Ellis
Alison Sydor(in front, 1994-96 XC World champion)
Marc Gullickson
Frank Roman
Missy “Missile” Giove (1994 DH World champion)

At 1994 as their 1st year, they got many victories in NORBA series, UCI World cup and World championships. Viper red cannondale bikes had got most glorious era of cannondale.

1994 MTB XC Worldchampionships

The following photo, It’s currently american Cannondale MTB team after 22 years. They will be called “Cannondale 360fly powered by SUGOI” team. Left to right,

Keegan Swenson (2014 USA XC champion U23)
David “Tinker” Juarez
Evelyn Dong
Alex Grant
Raphaël Gagné (2015 XC Canadian Champion)

You have already understood, haven’t you?

The common point of both photos is only one. Tinker Juarez. So, all cannondale fanatics always call him like this. “He is the Mr.Cannondale”.

1998 Cannondale “Fulcrum” for Myles Rockwell


Movie :www.imbikemag.com

知ってる人には懐かしく、知らない人には何じゃこりゃ?というバイク。
ボルボ・キャノンデールチームの専用車、フルクラムというダウンヒルバイクであります。

写真は何度かこのブログでも触れているけど、今回は動画という点がポイント。
しかも、当時乗っていた張本人であるマイルス・ロックウェルのお喋り付きでありますよ。

元々、キャノンデールのダウンヒルバイクはSuperVから始まっている。
ただ90年代はアメリカの好景気を反映したのか、毎年ストロークが増大していく進化の激しい時代だった。
ボルボ・キャノンデールが市販品そのままで走ったのは94年くらいだったかな?
それでもカーボンスイングアームとか使っていたし、HeadShokではなくRockShox JudyDHに変えてアルカンシェルを取っています。

翌年からは、動画にも一瞬出てくる赤いSuperVDHに移行。
このバイクからはザックス製のディスクブレーキが装備され、フォークも金色に輝くダブルクラウン倒立型に。
キャリパーが右側に付いているあたりは時代ですね(^^;



で、これを進化させたのがFulcrum。
まず、当時流行ったヴァーチャルピボットにしてピボット位置を最適化。
それに加え、走破性を上げるためなのかこの複雑な駆動メカニズムを実装し、チェーンリングを小さくしたわけであります。


Photo:Vintage Cannondale

今回の動画にあるのは、この赤いFulcrumの次の年のものだろうね。
動いている映像は初めて見ましたが、複雑だねえ。
メンテナンスが大変だったとかで姿を消しましたが、それでもカタチにして勝ってしまう。
そのあたりは当時のキャノンデールの先鋭さを象徴していたし、ゆえに覚えている人も多いのではと思うわけです。
Fulcrumは市販されず、次のDHバイクはジェミニまで待たされることに。
トップレベルのDHレースが真似しようとすら思えなくなるほどに進化した時代。
思い返せば自動車ラリーのグループBのような、そんな存在だったのかもしれないね。

Urban commuter, Cannondale Contro

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Photo :Cannondale

日本で見かけるキャノンデールの街乗り車といえば、BadBoyが有名。
今はQuickやフーリガンの方がよく見かけるかもしれない。
そんな中、日本でも上の写真のようなバイクがお目見えするとか。
名前は「Contro」と言います。

WEBサイトによれば、日本では2種類で展開されるみたい。
高い方はContro3
20世紀末デビューのBadBoy以来の伝統、プレミアムな真っ黒フィニッシュでお値段16まんえん(価格訂正しました)。

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Photo :Cannondale

リジッドのLeftyフォークにはやはり片持ちのフェンダーが付いてる。
リアには頑丈そうなキャリア付き、ホイールは真っ黒なディープリム。
どこを見てもただならぬ雰囲気のコイツ、街中で見かけたらかなり目立つだろうね。

もう一つはContro4、お値段130000えん(価格訂正しました

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Photo :Cannondale

こちらはキャリアもフェンダーも付いていないし、青い差し色も入ってる。
Contro3に比べて若々しく元気なイメージだろうか。
いずれにせよ、かなり目立つ自転車ではないかなと思います。
この特徴ある後三角がどういう乗り味なのか試したいものです(^^)

昔から、キャノンデールの非競争車は面白味のあるバイクが多かった。
Leftyなんかできる前からずっとそうだったんだよね。
勝つという目的に特化した競技用車の凄味も魅力的だけども、街乗り車はまるで服のように方向が色々とある。
もともとキャノンデールは街に似合う特徴を色々持っているんだよね。
溶接ビードを削ってスマートな面を出していたこともそうだし、ヘッドショックなんかその最たるもの。
凝っているけどシンプルな意匠は、様々なパーツアレンジがよく映えるものでもあったね。


Photo :Vintage Cannondale (via 1994 Catalog)

キャノンデールの街乗り車はとても凝ったものが多かったけれど、カタログめくると毎年違ったバイクが並ぶんだよ。
以前にもこのへん書いたことがあるけれどね(これとかこれとか)
当時は今以上にママチャリだらけの時代ですよ。
そこに時計のスウォッチのような遊び心、来年は変わっちゃうかもという希少性も備えたバイク達はとても魅力的に見えた。
作ってる人たちもかなり楽しかったんじゃないだろうか?

個人的には、往年のキャノンデール製コミューターらしさを色濃く感じさせるTesoroの方が好きなんですが、これはヨーロッパ専用みたいだね。

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Photo :Cannondale

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Photo :Cannondale

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Photo :Cannondale

現在のキャノンデールはレースのイメージが強いし、実際にそういう宣伝をされている。
SuperSix EvoとかFSiとか見ていると、誰だってストイックなレース車ブランドだと思うよね。
けれども、BadBoy以前から筋金入りの街乗り車ブランドでもあることを認識している人は少なそう。
キャノンデールバカとしては、そんな過去をたくさんの人に知ってもらえたら嬉しい。
Controの写真を見ながらそんなことを思うわけです(^^)


Photo :Vintage Cannondale

ラストラン、GP Mistral 2014-2015 最終戦

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2015年2月15日。
埼玉県比企郡吉見町、吉見総合運動公園。
北海道の十勝地方から出てきた職業自転車選手は、この場所でその選手活動を終えることと相成った。

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オレ自身、北海道には小学5年生の頃に行ったきり。
鶴居村(つるいむら)の上幌呂(かみほろろ)という場所で林間学校みたいなキャンプ活動があって、そこに参加したのが最初で最後。
お台場なる言葉なんか知る人も少なかった東京港の有明埠頭から、今はなき近海郵船フェリーで行ったんだ。
親元から2週間も遠い土地に離れるなんて初めてだったから、東京港に帰って出迎えてくれた母親の笑顔は今でも覚えています。

小学5年生の夏休みだったから、時は1982年の7~8月頃。
その3ヶ月後、かの地で生まれた自転車選手がこの人、山本和弘。
今日で現役選手としての活動を停止、つまり引退するということに。
ああアムロ、刻(とき)が見える・・・(笑

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時の経つのは本当に早い。
掘り起こせばそれなりの出来事がたくさんあるのだけども、もうそんなに時間が過ぎたのか、という思いを抱くことは多い。
40を越えた頃からは、さらにそれが加速していると感じる。
生前の祖母が90才の頃、「あっという間に90になったよ」と言っていたけれども、さもありなん。

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カズ選手の子供時分の話は色々な媒体で報じられているし、ご本人からも聞いたことがある。
トライアルをやっていた友達のお兄ちゃんに憧れたこと、最初に欲しかった自転車が実はSCOTTだったこととかね。
誰しも抱く憧れを糧にその道に入ったという意味では、カズ選手も例外じゃない。
今ではすっかり子供の憧れに。

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最後の相棒はシクロクロス。
キャノンデールのSuperX Discという最新バイク。
日本国内では売られていないバージョンで、そのへんはワークス選手ならではというところ。

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MTBとは違うドロップハンドル。
MTB小僧はロード選手を経て、その中間のシクロクロスバイクを最後に乗ることになった。

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デビュー以来、色々なジャージを着た。
その中では間違いなく最も華やかなジャージ。

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この日のレースは、アルファベットの略称が並ぶ公式戦ではない。
そういう意味では、選手権がかかっているような緊張はないと思っていたのだけどね。

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意外と、スタート前の表情は色々な思いが交錯しているように見える。
最後の選手活動、という思いはやはり大きいのかもしれないね。

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そしてレースはスタートする。

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スタートしてすぐ、覇気を見せたのが重田選手( TeamCUORE / 順天堂大学)。
他の強豪選手の参加が少ないこの日、やるなら今だ!というところでしょうか。

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聞けば、まだ大学生なのだとか。
とても若い、これからの活躍が期待される選手の一人。

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カズ選手は10年を越えるキャリアの職業選手、もちろん負けるわけにはいかない。

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昨季も強かったけど、今季はさらに絶好調であったカズ選手。
重田選手はそれを従えている状況、チームの皆さんもさぞ湧いたことでしょう。

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レースをしている時のカズ選手は、我々と遊んでくれる時のニコニコ顔はしていない。
どんなに機材が進化しても、レースはやっぱり人対人。
相手がどう出るか、揺さぶりかけたり心を折ってみたりと、色々な心理戦を仕掛けながらレースをするらしい。
そう思って見ると、この写真は非常に不気味な写真にも見えてくる(笑。

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重田選手は果敢に前を引く。
2位以下の姿はもう見えてこないくらい、先頭の2人が速い。

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この時点で、「やれるだけやってやる!」という重田選手の思いは皆が感じていたはず。
思いの強い選手は、誰が見ても判る位、走り姿にそれが現れるからね。

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カズ選手が前に出る。

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様子を伺うカズ選手。
我々素人と走ってくれる時のように、「大丈夫ですかー?」という類の振り返りではない。
探りを入れられるような眼差しで見られたら、オレならきっと怖くなるw

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吉見のコースは平坦ではあるけれど、畦道の上り下りなどのミスを誘うセクションはそこら中にある。
こういう小技セクションが、じわじわと選手の体力と集中力を奪っていく。

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最近のカズ選手の走りっぷりを見ていると、とにかく加速感が凄まじい。
スピードが面白いように伸びていき、あっという間に後続を引き離すような感じ。
それでも離れない重田選手、相当しぶとく食らい付いている。

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もはや完全にマッチレース。
こういう時、MTB時代に斉藤亮選手とやり合っていたことを思い出す。

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エモーショナルな思いを爆発させて走る亮選手を相手に、互いに意地をぶつけ合う。
選手というのは、そんなことをするうちにどんどんスイッチ入っていくのだろうね。

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プロ選手の仕事は、レースに勝つことだけじゃないという。

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後進の若い選手の壁となるのも大事だし、我々のようなオッサン達へのファンサービスも必要。
特にカズ選手のようなワークス選手の場合、後者の仕事も比重は小さくない。

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オレなんかは遊んでもらっているだけだから気楽なもの。
後進選手として抗っている重田選手は、この背中に何を感じたのだろう?

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重田選手が前を引く。

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カズ選手が前に出る。
前後関係はコロコロ変わる。

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レースの折り返しを迎えた頃、カズ選手の独走が始まった。

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後で聞いたら、やっぱり色々と仕掛けていたそうです。
プロ選手って怖いなー(^^;

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そんなカズ選手のショーも終わりとなる。
プロ選手としてのコーナリングもあと数回で終わり、という場面。

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そしてゴール、優勝であります。

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オレはカズ選手の若い頃はネットでしか見ていない。
出会った時はMTBのJ1で初優勝を決めた後で、トップ選手としての存在感は既に大きいものだったよね。

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そんなオレですら、この姿を見ていると思うことがたくさんある。
2桁ゼッケンを付けていた駆け出し時代から見ている方々にとっては、なおさら大きな思いが湧くのでしょう。

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果敢に攻めた重田兼吾選手は2位でゴール。

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カズ選手からも労いを掛けられる。
見事な走りっぷりを見せられて、我々としても重田選手の存在は大いに印象付けられました。

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この表情、やはり充実したレースになったということなのでしょうね(^^)

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プロ選手としてはビックリするくらい我々に構ってくれるカズ選手ではあります。
でも、自分で走ろうとか、レースに出てみようと思った時に実感するわけですよ。
「遠いな~。雲上人だなー。」
とね。

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カズ選手と一緒に争う、なんてのはオレには絶対マネのできない体験。
そういう場で走っている方々が、時々羨ましく思えます。

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だってねえ、一緒に争うこと以上にその選手を味わう方法ってないでしょう?
プロ選手は食べ物じゃありませんが、どうせならしゃぶり尽くしたいじゃないですか(^^;

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そして、若き日のカズ選手に大きな影響を与えた重要人物からの祝辞。
カズ選手が頭下げる姿は初めて見たなー(笑

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北海道時代から、カズ選手に勝ったことがないまま来ているとか。
選手を引退して弱った所を狙っている旨のコメントに、一同大笑い(笑

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子供たちと記念撮影。
とにかく子供に人気のある選手でした。

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今後は、スポーツバイクの普及活動に関わるとのこと。
具体的なことは判りませんが、これまで以上に我々の前に姿を見せますよ、と言っていました。
しかし記念撮影したがる人がこれだけいるのだからね、仕事になるのかな?(笑

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そんなこんなで、プロの自転車レーサーである山本和弘選手のキャリアは一つの区切りとなった。
この先、このブログがどうなるのか色々心配されるのですが、オレ自身も判りませんw

とにかく、一つの時代が終わったんだ。
彼の写真を撮る機会はまだあるだろうけど、プロ選手としての姿はもう撮れない。
会場を去る時にも既に喪失感は感じていましたが、すぐに日常の慌しさにかき消されるわけで。
やめちゃったなー、つまんねーなーという無責任な寂しさは、これからジワジワと大きくなっていくのかもね。

とにかく、12年間お疲れ様。
また何処かで会える日を・・・

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行く年来る年

お盆が終わればもう正月、という時間感覚を感じるようになったのはいつからか?
毎年毎年あっという間に過ぎていきますが、2014年も終わろうとしています。
辺境の地にある偏狭なこのブログも、おかげ様で5シーズン目を終えて6年目に入ろうとしています。

今年はレースを見に行くことはほとんどなかったにも関わらず、写真をいただいたり変わらずお付き合いくださったり。
お世話になった皆さまには大変感謝しております。

早いもので、来年はリオオリンピックまであと1年というシーズンになりますね。
オリンピックに向けた盛り上がりが加速するのだろうと楽しみにしている自分もいます。
ロンドンの時に山本和弘選手の活動を追いかけて感じたことを、あの手この手でアウトプットしていけたらと思うのです。

何かと昔を懐かしたがる傾向が強くなっている自分を自覚しておりますが、昔は昔、今は今。
変わらぬものもあれば、変わっていくものもある。
趣味人としては、そんな世界の移り変わりこそを楽しみにしてきたのですからね。
新たな時代の新たなヒーローが出てくることを楽しみに、来年も好き勝手にやっていこうと思っています。

今年もお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました。
良いお年をお迎えください(^^)

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個性の祭典、岩岳Single Speed MTB Japan Open

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上の写真を見て、遠き青春の日々に思いを馳せる方はきっと岩岳世代ですね(^^)
長野県北安曇郡白馬村、駐車場から眺める岩岳の佇まいは今もあまり変わっていない。
違いと言えば、「岩岳」と書かれたサマーゲレンデがなくなったこと、ゴンドラ建屋の色が変わったくらいでしょうか。
当時よりクリアに撮れるようになったカメラの質も変わったね。

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シングルスピード(SS)のMTBレースが岩岳で開かれるよ、と聞いて、「うそ!?」と思った。
岩岳と言えば、20世紀末の日本のMTBシーンの中心地。
ここがなければ、たぶん富士見もないんじゃないか?と思えるくらいの存在感があったもんです。

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それがなくなっちゃうと聞いたのは、10年以上前のこと。
スキー場としての岩岳はなくならないけど、夏にゴンドラを動かすことができなくなったと。
世間の世知辛さを肌身で実感する年令になっていたこともあって、青春の終焉というものを強く感じた出来事でもありました。

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同時に、MTBという乗り物の社会的な意味を強く認識した出来事でもあったね。
若さに任せて「好きだ、楽しい、景色いい!」というだけで乗っていたけど、それでは世間は通らないというか。
今思えば、大人の階段登りまくり中だったとしか言えない。
こういうのはMTBに限ったことじゃなく、機材スポーツ全般に言えることだと思うけれども。

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とまあ、クドクドと遠き日々に思いを馳せずにいられない岩岳とMTB。
この記念すべき復活の日に開催されたのは、当時のチャンピオンレースではなかった。
マニアの祭典、シングルスピードMTBの選手権であります。

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レースのメイン会場は、ゴンドラから少し離れたホワイトプラザ前。

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ブースが色々出ていたけれど、最先端機材が並ぶJシリーズのそれとはだいぶ違う感じ。
個性豊かなアイテムが目に付いたね。

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名古屋の有名店、Circles。
あのへんの方々のおしゃれな雰囲気、自分には真似できないので寂しいのですけどね(笑
扱ってるアイテムはどれもこれもジロジロ眺めちゃうものが多いです。

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Vassagoはブースもさることながら、自転車がたくさんいました。
シクロクロスでのIFあたりの存在感に近いかもしれないね。

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MTBではあるけれど、どちらかと言えばシクロクロス方面でよく見かける感じ。
トップレーサーを頂点とする方向とは違う方に向いたベクトルで、自転車そのものを楽しんでしまう感じ。
個性強い品々は見ていて飽きませんね(^^)

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シングルスピードのレースなので、集まる自転車も個性的なのが多い。
リアルに古いもの、最新のもの、新しけれど古い香りを放つもの。
Jシリーズにもいそうな機材といえば、Ninerくらいだっただろうか?

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こちらは1996~97年頃のキャノンデール。
一目見て年代が判る自分が大好きだなw
キャノンデールバカのブログとしては、嬉しい出会いでありました。

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今見ても太くてヌメヌメで確たる個性を放つフレームですが、駆動系がSS化されてシンプルになると、それが一層強調されて見えたよ。
古くて新しいアイテムの一つであるスキンサイドのタイヤはパナレーサーの現行品。
シルバーのハードウェアやスキンサイドのタイヤなど、クラシカルなパーツとエキセントリックなフレームが放つこの佇まい。
これぞ往年のキャノンデールのカッコ良さですよ。

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こちらはJシリーズ参戦中の布袋田選手のバイク。
メンテナンスしているのはお久しぶりの延澤さんではないですか。
お会いするのは2年前のスノーハープ以来かな・・・?

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右のスペシャライズドはSSではないけれど、何ともいい雰囲気。
パーツ変えつつ乗り込んできた愛車感、こういう佇まいは大好きですね。

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こちらは懐かしいRSタイチのサスペンションフォーク。
93年頃のもので、あのショーワ製。
当時、オレをMTBに引きずり込んだ悪友が使っていたけれど、お目にかかるのはそれ以来。

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今回はね、レース開始時間まで岩岳の頂上で山を眺めていたのですよ。
ちょうど白馬が三段紅葉の時期でもあったので、紅葉を堪能しておりました(笑

なので、コースを全く歩いていないから、メイン会場周辺でしか撮ってない。
ネット上に色々出てくるだろうから、オレが撮るまでもないしね(笑

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個人的には、岩岳をMTBが走り回るのを眺めるだけで胸一杯。
躍起になってファインダーのぞいてると場の空気と別の世界に入ってしまったりするし、それじゃ何か悲しいし。
往年の岩岳とは違い、普通の格好をして走る人がほとんどいないのも面白かったし(笑

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持久系競技でこの格好も、普通に見えるくらい。
往年の岩岳は、こういうカッコのライダーがほとんどだったね。

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撮らないと拉致されそうで思わず撮ったw

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この写真に至っては、一体何を見ているのか判らなくなったw

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女性陣も凝った仮装をしている方が目立ちました。

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こちらは男性w

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この日の白馬は最高の天気で、朝にはこんな荘厳な光景を眺めていたのですけどね。
なんというギャップでしょうかねw

レースを眺めていて、岩岳をMTBが走り回る事実への嬉しさはもちろんあったのですが、やっぱり当時とは色々違う。
当時はみんな26インチだったし、SSもまず見かけなかったし、普段見るのはダウンヒルバイクだったし。
春岩や秋岩では仮装して走る人もいただろうけど、それがメインになるわけでもなかった。

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その違いに気付いた瞬間、やはり寂しさも覚えた。
けれど、次の瞬間にこう思ったわけですよ。

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「あー、あの頃のMTB乗りは個性的なライダーが多かったな」とね。

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うまく言えないけれど、進化の過程にあった不自由な機材。
それをうまく乗りこなす姿には、人間くささが入り込む余地が今以上にあったと思うのですよ。
乗る人らしさが如実に出ていたというか。

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そんな中で、「スタイル」という言葉を本当によく見かけた。
国内外を問わず、自分らしい走り姿を重んじる価値観を持ったライダーが今よりも多かった気がする。
ジョン・トマックみたいな爽やかエリートな選手もいれば、ピストル・ピートやショーン・パーマーみたいな悪太郎もいた。
いずれにしても、みんなカッコ良かったことには違いない。
今見たら笑っちゃうほど動かないサスペンションでも、カッコいいライダーはやっぱりカッコ良かったからね。
そういう意味では、この岩岳で個性が集うSSレースというのは感慨深いものだなと素直に思えた。

もちろんこんなのはオレの勝手な憧憬であって、SSJは2014年のMTBを楽しむ今時のレース。
来年はここで世界選手権が開催されるというから、尚のこと見応えのある世界が創出されるのでしょう。
ちょっとね、これは実に楽しみな岩岳イベントだなと思うんだよね。
来年はちゃんとコースを歩いて、真面目に写真撮ってみたいなと思った今年のSSJでありました。
できれば絶景の頂上にコースを引いて欲しいのだけど、走る方は地獄かな・・・?(^^;

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