The washed an old F900sx for the first time in 1.5 years.

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シクロクロス世界選、スヴェン・ネイスの走りは見事でしたね~。
「8年ぶりのアルカンシェル」という報道が国内外で溢れてるけど、何か変な感じだよね。
だってさ、8年も経てばピークも過ぎちゃうわけじゃん?
36歳にして返り咲くってのは物凄いことだよね。

今回は直前に日程変更され、本来なら日曜だったエリート男女も土曜日にやっちゃうという強行軍になった。
河川敷である会場が上流の大雨の影響で氾濫する可能性があるとかで、これも悪路自転車の定めかもしれない。
選手はたまったもんじゃないだろうけど、ジュニア、U23、エリート女子、エリート男子と一気に見てお腹一杯。
エリートはもちろんだけど、ジュニアもU23も見応えあるレースだったね(^^)

で、寝不足の今日は自転車3台洗ったよ。
今年で14年目になるF900sxも洗った。
Flashに乗り換えて1年半、ずっとこんな状態のまま埃をかぶっていたのだけど、水洗いしただけでこの通り。
当時のキャノンデールの塗装は質が良かったね。
デュポンの塗料を使っていた記憶があるけど、黄色や赤といった退色しやすい色も全く褪せない。
トップコート層も厚いのか、いいコンパウンドで磨けばすぐテカテカになる。
磨けば磨くほどキレイになるのが楽しくて、若い頃はマメに洗車していたことを思い出した。
性能はFlashに比べるまでもないけれど、初代Leftyも元気。

まだまだ走れるF900sx。
自転車1台にしろと言われたら、手持ちで最古のコイツを残します。
RizeやFlash、SuperSix、CAAD Xと買い足してきたけど、どれもコイツの代わりにはなりそうにない。
F900sxの時にやっていたことを4台に分割しただけだからね。
何より、一緒にトシ食ってきた戦友でもある。
フロントシングルにするか、シングルスピードにするか?
何らかの形で復活させないとバチが当たる気がするよ(笑。

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Bearing

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最近お見限り状態だったSuper Six。
左クランクを踏み込むたびにコンコンと異音がするようになっちゃった。
お見限りってのはやっぱり良くないね(笑

クランクを抜いてみたところ、左のベアリングに若干のゴリゴリ感。
乗り始めて2年8ヶ月経過しているし、BB30のベアリングもそろそろ交換かと思ってお願いしたわけですよ。
BB30のベアリング圧入にはヘッドワンの圧入工具が必要。
さすがにこんなの持っていないので、素直にショップへ。

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キャノンデール純正のBB30用ベアリングはマイナーチェンジされたようで、現行品はシール性能を向上させたものらしい。
じゃあそれにしましょ、ということに。
交換が終わり、左コンコンの症状は解消されてスッキリ。
帰宅のために10kmほど走っているうちに、今度は一定のトルクで回し続ける時に小さな異音が周期的に鳴る。
あれれ??

ショップの名誉のために言えば、頼んだのは非常に丁寧な作業をしてくれるメカニック。
年末に買ったCAAD Xの納車状態はそれはそれは見事なもので、コンポなんてSoraで充分じゃん!とまじで思ったほど。
オレはメカニックではないけれど、腕の良し悪しくらいは判ります。
オレの趣味で自分でパーツを変えちまったけれども、バラす際に心が痛んだくらい丁寧な仕事だったからね。

そんなメカニックが直したBBでも音は鳴ってるわけ。
もう一度ショップに持ち込んで、その場で点検が始まった。
BB30はダストが溜まると異音が鳴る傾向があるらしいけど、まだ交換したばかりなんでそれは考えられない。
30km程度しか走っていないベアリングを外してみると、回転にほんの少しの異物感。
指先に神経を集中してやっとわかるような微妙なレベルで異物感があった。
言われなきゃまず判らない。
メカニック氏は交換前にも感触をしっかり確認しているが、封入されたグリスがこなれて現れたのかもね。
改めてベアリングを交換してみたら、めでたく音は消えた。
しかし30km程度でこんな状態になるとはね・・・。

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ここ数年ずっと感じていたんだけど、最近の自転車のベアリングはどれもこれも質が落ちた気がしませんかね?

BB30は以前からブーブー言われるけれども、BB30だけじゃないよ。
CAAD XにはSRAMのGXPを付けたけど、これも笑っちゃうくらい回らない。
シマノもXTのホローテックを使っていたけど、シマノとは思えない渋さで愕然としたね。

BBだけでなく、ハブもそう。
アルテグラクラスと言われたRS80のハブなんて、1年ぽっちでボロボロになった。
カップもボールも虫食いはしていないのに、洗浄とグリス入れ替えを何度やってもゴリゴリ。
シマノ伝統のカップ&コーンは最初のMTBでずっと使っていた。
LXのハブだったけど、前後リジッドで岩岳下ってもなんともなかった。
でも、コレ以来信用できなくなった。

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どこかで
「だったらセラミックがありますよ。超軽いっすよ。」
と言われたことがあるけど、ズッコケそうになったよ(笑。

セラミックはFlashのBBでSRAMのを使っている。
確かに回りは軽くて、クルクル回すことの多いMTBではオレでも体感できるよね。
けどとんでもなく値段が高いので、微粒子の埃が舞う王滝に持っていこうとは思わない(笑。
そもそも、昔はセラミックベアリングなんて言葉はほとんど聞いたことがなかったよ。
決戦用としてベアリングのグリスをサラサラなオイルに入れ変えちゃうなんて技はあったけども。
ただ、一般用としてはそんなもん使うまでもなくキレイに回ってたし、大した手入れをしなくても長持ちしたんだ。

現にオレの2000年型F900sxのBBは、13年前のアルテグラのカートリッジBB。
密閉されたカートリッジだから手入れのしようがないのだけど、未だにキレイに回ってる。
10年経って全バラした際に交換しようかと思ったけど、ヘタるどころか調子がいいのでそのままにしたくらい。
ちなみにこのBB、雨の中でも走ってるし、ロード用なのに富士見でDHやったりしてる。
完成車状態でついていたハブのシールドベアリングは2年も持たずに死んだんで、このへんはコストだろうね。

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オレが最初に買ったシマノの2代目SPDペダルPDM747はもっと凄い。
1994年製で、使っているうちに骨董品になっちまった。
年食うとこういうことも起きるんだよ(笑

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このペダル、骨董品ではあるけども、当たりが出た状態で未だに快調に回ってるんだよ。
オレの自転車趣味が始まって以来ずっと現役で、19年間ガタも出ず、渋くもならない不思議ちゃん。
当時の値段は14700円だったかな?
当時のオレには高い買い物でね、仲間にも「うお、小せえ!」と驚かれて自慢したもんだった。
来年は成人式を迎えるのだから言う事はない。

最近の自転車、フレーム重量何グラムとか、カタログスペックはどれもこれも驚愕する。
ベアリングみたいな地味なところでコストダウンされているのだろうか?
シールドベアリングはダメになったらどんどん交換するという発想みたいだけど、だからといって限度もある。
カタログ値なんてほどほどでいいから、基本的なところをしっかりして欲しいな、と思いながらハンバーガー食った日曜日だったよ(笑。

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Tuned Lefty by Eighty Aid, 1 year later…

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ドイツのEighty Aid(以下、88+)でチューニングしてもらった我がLefty。
早いもので、1年が経過したよ。

あまりハードに乗っていないせいもあるのだけど(笑、1年経っても調子は全く変わらず。
オリジナルの状態では、ハードに乗らなくても頻繁にグリスアップしていたけれど、その必要を感じない。
12年もLeftyに乗っているんだから、グリスアップが必要な時は大体わかるつもりなんだけど、それでも必要性を感じない。
この点は負け惜しみでなく感心する。

88+の使うグリスはキャノンデール純正とは違うのだけど、想像以上に持ちが良いようです。
彼らが公開していないので銘柄は書けないが、どうも日本では手に入らない。
代用品を地味に探し続け、いくつか候補を見つけたのだけどね。
これらを試すには88+にいじってもらったLeftyは嫌なので、F900sxについているオリジナルLeftyで試すしかない。
完全にバラバラにしなきゃいけないので、時間があるときにネタにします。
去年の今頃も同じことを書いた記憶があるけど、気のせいだね(^^;

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新しい丸太Leftyは、こんな苦労しなくてもいいものだとか。
88+の味を覚えたはずのカズ選手がそう言っていたから間違いないでしょう。
オレは26インチ乗りだし、今のLeftyに満足しちゃっているから当分買うことはないと思うけど、進化したんだね。
少なくとも、29erや650Bなら間違いなく新しい方がいいだろうね。

でも、88+も進化しているようですよ?
イタリアの88+フランチャイズショップであるklammer bikeが、こんな写真を公開しております。
何をやったのか、非常に興味がありますねえ・・・(^^)

Did you enjoy the 3 day weekend?

今年最後の3連休も終わりましたね。
オレは初日に飲み過ぎちゃって、撃沈しておりました。
今は飲み会以外では全く飲まないせいか、だんだん弱くなっているようです。
走りに行くつもりだったけど、酒が抜けずにDNSという失態。
万死に値しますな(^^;

で、こんな本を買ってみた。

ここに出てくるのは、当然のようにスチールバイクばかり。
こういった世界は昔から好きで、漠然とした憧れは持っているんだけど、リアルタイムで体験していないからまだピンと来ない。
リアルタイムで憧れたものなら、モンゴメリー時代のキャノンデールとか、ゲイリーさんがやっていた頃のクラインとかだね。
まだこういう分野に当時のアルミバイクはあまり入ってこないけれど、あと10年もすればレストア対象として注目されるかもしれない。
当時のキャノンデールやクラインなどは、モノとして非常に凝っていたからね。

レストア時に困るものの1つに、デカールがある。
オレも当時モノのデカールを持ってはいるけど、劣化して使えない可能性の方が高い。
であれば、新たに作り直すことになる。
せめて、その時の原版にでもなればいいのだけどね。

この地球のマークは、モンゴメリー時代のキャノンデール製自転車のシートチューブに貼られていたもの。
アルカンシェルがあしらわれ、地球上で一番!とでも言いたげなエンブレムになっていた。
よく見ると、本社のあるコネチカットのあたりに星印が打たれているのだけど、知ってました?

HAND MADE IN USAはもう使えないけれど、華のあるマークだからまた復活して欲しいものだね。
往年のキャノンデールは高いのが売りみたいなブランドだったけれど、今はもっと身近なブランドに変わっている。
だったら尚更、こういう華が添えてある方が、レース直系ブランドとして効果的に思えるのだけど、如何でしょうかね?
アルカンシェル好きの妄想かもしれないけど、これがあるだけでずいぶん違って見えるのも、また事実だからね(笑

オリンピックの思い出

自転車趣味に乗り始めた頃にMTBがオリンピックに組み込まれたのはラッキーだったのかも。
4年に一度のオリンピックごとに違う思い出があり、自転車人生を振り返るチャプターになっているからね。

記念すべき第1回大会となった1996年のアトランタは、まだネットもない時代。
乗り始めってのは自転車の全てが新鮮に感じるもので、何もかもが楽しい。
乗るのも楽しい、洗車も楽しい、パーツであれこれ悩むのも楽しいっていう時期、誰でも覚えがあるでしょう?
アトランタオリンピックにマウンテンバイクが加わると聞いた頃、オレはそこにいましたよ。

これはCWSカップで3位ゴールした時の写真。
平らな河川敷コースなのに酷いフォームだね(笑
このヘルメットはBell製で友人に借りたものだけど、当時でも骨董品だったよ(笑。
オレとBellの付き合いはキャノンデールよりもずっと長くて、このお椀から始まった。

これは相模湖で開かれたキャノンデールカップでのオレ。
完全に腕が上がってヘロヘロだね。
まだピタピタのジャージに気恥ずかしさを感じていた頃で、Tシャツで走ったよ(笑
ヘルメットは自分で買ったBellのImage Pro。
偶然にもボルボのアリソン・サイダーと同じだったので密かに喜んでいた(笑
グローブはパールイズミのジョニーT、サングラスは「オークレー」のMフレームでした(^^;

MTBへの思いが膨らんで白馬にいた頃は、長野オリンピックを控えて盛り上がっていた時期。
村中に刻まれたあのシンボルマークは嫌でも記憶に残ったし、ジャンプ台にも登った。
オレが白馬にいたのはMTBシーズンの夏だけど、そんなわけで冬季オリンピックの思い出とも重なっている。
これは白馬大橋の下の松川河川敷、写っているのは岩岳のレンタルバイクだった丸石ブラックイーグル。
DHのメッカらしく、フルサスがレンタルバイクになっておりました。

ここは日本で一番好きな場所のひとつで、その後も白馬へ行くたびに必ず行ってるよ。

 

岩岳の頂上がDHライダーでひしめいていた頃。
この集団の中には、当時のトップライダーも含まれている。
オレはレストランのバイトだったせいもあるけど、遠目に眺めるのが精一杯だったね(笑
でも、当時はこれがプロライダーと多くの一般サイクリストとの距離感だったんじゃないかな?
今はユリのお花畑になっているみたいだけど、ちょっと行ってみたい。

アトランタの頃のオレには、MTBで富士山須走口を登る元気もあったよ(笑
この頃、最初の愛車ニシキは塗装を剥がして磨きなおし、ウレタン塗装したんだ。

2000年のシドニーは、キャノンデールに乗り換えてすぐの頃。
XCレースも深夜にテレビ放送された。
はっきりとは覚えてないけど、鈴木雷太選手がミゲル・マルチネスにブチ抜かれたシーンをチラリと見た記憶がある。
当時はとにかくマルチネスがバカっ速かったね。
この頃のMTBはダウンヒル中心になる傾向が強かった記憶があって、オレもこんなことやってたよ。

これは2000年秋の富士見Aコース、ゴンドラ下であります。

2004年アテネの頃は仕事に夢中だった頃。
自転車には乗っていたけど、仕事の発想を巡らせながら流すような状態。
自転車への感動というか新鮮さはもはやなく、飽きていたんだね(笑。
とはいえ、アブサロンが勝ったのも知ってたよ。
アルカンシェルと金メダルの色が入った凄い色のORBEAに乗ってたよね(笑

これは2003年に清里へ登ったときの写真だけど、思い出したように遠出するくらいだったね。
この写真を撮ったあと、祖父が危篤との連絡が入ってツーリングは切り上げ。
2日後に祖父は90歳の大往生となりました。

2008年の北京は、レースへの興味を完全になくしていた時期。
アブサロンが連覇したのも覚えてるけど、それだけ(笑
新たにRizeを買ったのもこの時期だけど、ことレースに対しては一番遠い時期だったね。
この写真を撮った直後、ちょうど祖母が危篤との連絡があり、翌朝に95歳の大往生。


で、今回のロンドン。
本来であれば、もはや自転車レースなんてどうでもいい状態になっていたはずなんだ。

しかし縁あってカズ選手と知り合い、ロンドンへの枠取りチャレンジを始めたカズ選手の活動を何とか盛り上げたい気分になった。
カズ選手の走るレースをあれこれ調べているうちに、若かりし頃に夢中で雑誌を読み漁っていた頃を思い出したよ。
雑誌で数ヶ月前に終わったレースの記事を眺めたり、横浜そごうの本屋でMountain Bike Actionなどの海外雑誌を立ち読みしていた当時を思えば、ネット上でカズ選手のレースを追えてしまうこと自体が夢みたいに思えた。
地球の裏側の情報が見えちゃうわけだからね!

そのカズ選手に引っ張られてレース会場に足を運ぶようになり、今を走る選手の姿を直に見ることになった。
直接レースを見ると、今の日本には魅力的な選手がたくさんいることに気が付く。
現役選手の凄さはもちろん、これからが楽しみな若い選手がたくさんいるのも心強い。

当時から場を作ってくださっている方々も、変わらず頑張っておられる。
オレと同世代の人たちも後進に視点を向け、それぞれのやり方で頑張っている。
ああ、オレが今まで通り過ぎてきたオリンピックでも、こういう環境から選手が出て行ったんだろうなと思ったよね。

40歳は人生の正午と言われる年齢。
誰でも自然と世間様に何かを返したくなる思いが芽生えるもので、そういった気分もこのブログのモチベーションだったりする。

そんなこんなで今回のロンドン。
非常におこがましい言い方だけども、なんとなく自分も参加したような気分で眺める初めてのオリンピックなんだよね。
ありがたいことにネット中継もあるそうだし、テレビでも中継録画が放送されるとのこと。
いい時代だ。
多くの思いを載せて出走する幸平選手と片山選手。
子供達や若い人達がその雄姿を記憶に焼き付けてくれたらと、往年の若者は思いを巡らすわけであります。

狂気のSiSLクランクとCODA

フランス方面を見てたらこんなものが。

キャノンデールの隠れた伝統、切削軽量クランクの新作であります。

まだまだ頑張るっぽいですね・・・?

文字が一瞬、「SLSLの2乗」に見えたけど、「SiSL2」なんだそうな。

現行がSLクランクで、その前がSiクランク。

「ストライクガンダム」+「フリーダムガンダム」=「ストライクフリーダムガンダム」みたいだ(笑

最近はスパイダーの本数を減らすのがトレンドだと思っていたけど、増えちゃってるしw

しかもチェーンリングを固定するボルトがなくて、少なくともアウターはスパイダーと一体化している。

さらに、インナーとスパイダーの境界にフィレット面が見えるのも気になる。

うーむ、久々にデンジャラスな香りを漂わせてきたねえ・・・(笑。

裏を見ると、この細いスパイダーは肉抜きされている。

往年のCODA502のように複数のチェーンリングを一体で削り出したのか、あるいは鍛造厚釜製法でこしらえたのか・・・・?

何にせよ、久々にキャノンデールの天邪鬼っぷりと狂気を見た思いがして、涙を禁じ得ない(笑。

こういうヤリ過ぎ感がキャノンデールの面白いところだったのだからね。

キャノンデールらしさ、と言われて思い出すものは人それぞれだろうね。

今はLeftyと答える人が一番多いだろうし、アルミとか極太フレームとか、色々あると思うけれども。

オレの場合はクランクかもしれない。

激烈に太い切削中空クランクのCODA 900、クランクと3枚のギア全てを一体で削り出した(彫刻した)CODA 502とか。

軽さと剛性を追求した面白いクランクを作っておりました。

変速性能そっちのけで(笑

CODAってのは、キャノンデールが持っていたコンポーネントパーツのブランド。

元々はMagic Motorcycleという会社だったのだけども、そこが作った切削クランクをCODAブランドで採用したのが始まりだったようです。

このクランク、見た目のインパクトも凄いけれど、中空のうえにBBとの勘合がスプライン化されている。

その後のシマノが備えることになるスペックが既に備わっております。

思い付きは面白いのに、完成度でシマノに負けるところがキャノンデールらしい所だったね(笑

CODAブランドは、最後にはクランク以外にブレーキやハンドル、ホイールやペダルまで存在した。

性能はお世辞にも良いとは言えなかったけれども(笑

クランクのデザインテイストはこの当時からほとんど変わっていない。

自社で作る優位性なのか、当時のトップグレードのMTBはフロントが2速化されておりました。

最近はリム屋のマビックがヘルメット作ったり、スポーク屋のDT Swissがフォーク作ったりと、パーツブランドの垣根が壊れているでしょ?

今思えば、CODAはそのハシリみたいな存在だったのかもしれない。

コストダウンとイケイケ路線の産物だったのだろうけれども、なかなか面白い存在ではありました。

自転車屋さんはどこも泣いていたけれどね(笑

末期には900クランクのようなマッドサイエンティスト的な趣味性は失われ、コストダウンだなあと感じることも増えてくる。

Made in USAを維持するのは大変だったんだろうね。

数年後にキャノンデールは倒産するわけだけども、このカタログの時代はCODAが咲かせた最後の華だったのかも。

オレの2000年式F900は、CODAがフルアセンブルされた最後の世代。

で、21世紀に入る頃にCODAブランドは消滅する。

代わりに、パーツには「Si CANNONDALE」というロゴが刻まれるようになった。

オレ自身もCODAにストレスがあったからシマノに載せ換えたクチなんだけど、CODAがなくなった時は寂しさを感じたよ。

極太フレーム、テロテロテカテカの塗装、派手な色使いとともに、当時のキャノンデールらしさを演出する不可欠の存在だったってことだね。

現在のSLクランクは進歩していて、シマノにかなわないまでもちゃんと変速するよ(笑。

カズ選手やリクイガスの面々もレースで使うわけだし、特に今のMTB用はSRAMのチェーンリングを使うし。

重量の軽さばかりが語られるけれど、無骨な見た目のわりにはオレみたいな貧脚でも足にこないんだよ。

1セットで10万円弱もするけども、そのへんは意外と初心者にも向いてるのかな?

尖りまくっていた時代の熱さを色濃く残すキャノンデールの無茶なクランク。

今回のSiSLのお披露目で、その歴史がまだまだ続くと知って素直に嬉しい梅雨の空、であります。

思い出の場所、17年間の定点観測

自転車を始めた理由がツーリングだったことは何度か書いたでしょ?

自転車を買うことから始めて、三浦から松本まで走り切ることを目標にした。

その時、2泊目と3泊目は、諏訪湖の旅館「ぬのはん」前の東屋で野宿をした。

その時の写真がこれ。

1994年8月

 

写っている自転車は、本ブログ初公開の初代愛車、1994年型ニシキMR。

フロントバッグにデイバッグ、サドル下には寝袋。

カギは2つも持って、ペダルにはトゥークリップ(笑。

フォークはタンゲ・ウルトラライトのガチガチなやつで、リムはアラヤRM17。

タイヤはパナだけど、品名は忘れた。

コンポはシマノLX、サドルは当時の悪友が安物サドルをフライト風に改造したもの(笑

ペダルはMKS製、シートポストはサカエ製だったかな?

自転車のことなんて何もわかってない頃だけに、ムチャクチャな荷物の持ち方(笑

こんなんで三浦からトコトコ走って来れたのは、やっぱり若かったからとしか言えんな(^^;

笹子トンネルもこれで走り抜けたし、蚊取り線香まで持ってたからね~(笑

この野宿旅から9年経った2003年。

2代目の愛車、2000年型キャノンデールF900sxと一緒に再訪してみた。

2003年5月

 

9年前、どうしても手が届かなかった憧れのキャノンデールと共に思い出の地を再訪する。

そりゃあ、オレ的には感慨深いものがあったよ。

でもご覧の通り、現地にはゴミが放置されていた。

個人的感傷なんて、他人には全く意味がないという現実を写した写真だね。

そしてさらに8年を経た昨年。

3代目の愛車、2010年型キャノンデールFlashと再々訪。

RizeとSuperSixが抜けてるけど、やっぱり最初がハードテイルMTBだからね(笑

2011年7月

 

東屋は塗り替えられていたものの、同じカタチで建っていたのを見てホッとしたよ。

22歳の若僧は39歳のオッサンになり、乗っているバイクも変わった。

変な話だけど、17年前のオレにFlashを見せたら大感激すると思う。

ヘンなフォークが付いているし、削り出しクランクも付いているし、当時のオレが見ても間違いなくキャノンデールだと思うだろうね。

そのくらい憧れがあったし、だから今でも飽きずに乗っていられるわけで。

いいバイクは他にも一杯あるけれど、体に染み付いたものはそう簡単には消えない。

カメラも変わっていて、最初は使い捨てカメラ、2度目は初期のコンデジ、3度目はデジイチ。

次に撮る時はどうなっているだろうか?

東屋は変わらず建っているだろうか?

オレはキャノンデールに乗っているだろうか?