謹賀新年2015

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謹んで新春の御慶びを申し上げます。
今年もよろしくお願い致します。

年が明け、3ヶ日も終わって明日は仕事初め。
始まらなくていいのに始まってしまう辛さは、学生さんのそれ以上に深刻かもしれませんね(^^;

で、連休最終日の今日は走り初め。
坂の上で仕事初めのカズ選手に会いましたよ。

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シクロクロスシーズン真っ只中なので、正月休みはあれどもオフではないとのこと。
常人離れしたフィジカルを持つプロ選手と言えども、始動は少しづつやるんだとか。
一緒に走ります?
と言われたけれども、以前に登り坂で見せ付けられた異次元のスピードを思い出してひたすら遠慮w

オイラのロードに跨るカズ選手。
背丈が近いので、カズ選手はオレのポジションをほぼそのまま乗れるんですよ。
厳密には、カズ選手には少々シートポストが低いはずなんだけどねw

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全く洗車していないので、チェーン周りが酷いことになってるオイラの自転車。
「物凄い抵抗を感じますw」
だって。
今年の目標は、走る以前に洗車の徹底、かもしれないな・・・。

年末~!

早いもので、もう12月になっちゃいましたね。
忘年会が重なるこのシーズン、仕事も年末進行ですからお互い気をつけたいものでありますね。

この週末は池袋から始まりましたよ。
行ったのは夜だったはずなのに・・・、

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( ゚д゚)ハッ!と気づいたら、朝になっておりました。
うーむ、まさに年末って感じ?
新しい出会いもあったし、いやいや楽しかったな~。

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しかしこの混沌とした街並み。
東京もアジアの都市なんだなあと感じたね。

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小径車に乗ってカメラ抱えて、こういう街並みを撮り歩くのも楽しいだろうね。
東京はビルの谷間に古いものが残ってたりする。
レース観戦以外に、自転車とカメラでやってみたいことの1つです。

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自転車に乗るのを拒否しているのでは?
と思われるほど乗らないオレですが、気が向いたので乗ってみた。

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目的はコレに試乗するためw
スペシャライズドのエンデュランスロード、ルーベであります。

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え?あんたキャノンデール以外に乗らないんじゃないの?
っていうか、自転車乗れるの?
乗れないから太ってるんじゃないの?
という反応されることも多いのだけどね(^^;

確かにオレはキャノンデール好きではあるし、長年の親しみもありますが、キャノンデール好き以前に自転車好き。
自分が良いなと思うものなら何でも好きになれますよ。
事実、今欲しいのはケルビムだったりするし、死ぬ前に欲しいのはチタンバイクだったりするし。
あまり信用されないのだけど、骨の髄まで何かを好きになれれば、逆に何でも好きになれるもの。
些細な造作から考え方の違いなんかを感じ取れて興味が湧くからかなと、自分では考えていますが。

このジャンル、トレックのドマーネやキャノンデールのシナプスのように、各社がそれぞれ特徴的な設計をしている。
どれも「ラクチンだけど速いぜ」的な乗り味なのだろうけど、方法論にこれほどの違いがあるという点が興味深い。
昔のMTBなんかまさにこんな感じで、各社それぞれに最適解を模索してアピールしていた。
その体験から思うに、こういう時期が一番面白いと思っての試乗であります。

スペシャの場合は、ZERTZ(ゼルツ)と呼ばれる緩衝材をフォークとシートステイに挟んだ構造。
「振動はここでカットしてやるぜ感」がハンパない。

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この振動吸収材、透明なので素材はウレタンかなと思ったら、ナイロン系なんだとか。
ZERTZと書いてある黒い部分はアルミ製。
ゆっくりと、しかも少し走っただけだけど、振動の伝わり方は確かに特徴的。
意図的に凸凹した場所を走ったけれど、そういう場所では消しゴムの上に乗っているような感触。
長い距離を乗るとかなり違うだろうな、ということは容易に想像できたね。
ただ、真の良さはフレームのウィップ感にあるという話も聞いたので、また機会があれば試してみたいところです。

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最近一番のヒットはコレ。
TOPEAKのヘッドルクスというヘルメットに付けるライト。
前は白LED、後ろは赤LEDが付いている。
両方点滅させると、まさに人間パトカー。
この状態で走ると、妙に気分が高揚するのでお勧めですw

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それと、ちょっと悲しいお知らせ。
キャノンデールを所有するCSGのコネチカット州ベセルの本社が引越しするそうです。
この建物、キャノンデールがモンゴメリさんのものだった頃から使われていた本社でもあった。
キャノンデール駅からそんなに離れていないようなので、いつかセットで訪れたいと思っていたのだけどね。
これも時代の変化ですねえ・・・。

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Photo :Cannondale Japan

ツール・ド・三陸2013(当日)

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ツール・ド・三陸行きの続きです。
宿は南三陸町の歌津という地区にあり、小さな半島の先端だった。
太平洋から上がってくる朝日がきれいと聞いた。
この日はちょっと雲が多かったけど、十分に雄大な日の出でありました。

この辺りは静かな港町という雰囲気。
こういう場所を巡ることこそ、自転車の得意な世界なんだよなあと思いながら眺めていると・・・

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やはりここにも津波の跡があった。
この地区を通る国道のコンクリート橋も押し流されてしまったらしい。
この辺りの津波の映像も見たけれど、強烈過ぎて表現する言葉がない。

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これはJR気仙沼線の陸前小泉駅付近。
コンクリート製の高架橋も、一部が落橋していた。
駅の存在を想起させるものは、何もない。

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この辺りの景色、被災前は相当にきれいだったんだろうなあ・・・。
三陸の海岸美とよく聞くけれども、静かな入り江、ゴツゴツした入り江、伸びる砂浜と、いろいろな表情があって。
気仙沼線には乗ったことがないけれども、その車窓は見所だらけだったと思う。
それだけに、破壊された痕跡を見ると・・・。

気仙沼市街。
第18共徳丸が押し流されてきた一帯。

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何もないという印象はまだ拭えないけれど、道路はオレみたいに土地勘がなくても普通に走れた。
国道沿いしか走っていないけれど、信号やガードレールはどこも真新しくなっていたので、真っ先に機能回復されたのでしょう。
それに、国道沿いにはいくつかの仮設コンビニを見かけたし、本格的に再建している吉野家などもあった。
瓦礫の山もないわけじゃないけど、被災直後のように埋め尽くしていると言う状況は全くない。
本格的な復興が進んできていることを実感したね。

陸前高田の市街地に入る。
柱の影に、あの一本松が立っている。
高田松原の近くに建っていたホテルは解体されて、高台移転して再開を目指しているそうです。

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ツール・ド・三陸のメイン会場に到着。
やはりロードレーサーが多かったけれど、MTBやクロスバイクも目に付いたね。
関東界隈のレース会場で見かけるチームジャージの皆さんも見かけました。

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Google Mapのストリートビューを撮影する専用自転車がおりました。
今回のイベントの参加者の姿を撮影するのだそうです。

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スタート前のセレモニー。
ゲストであるグレッグ・レモン、山田玲奈さん、日向涼子さんの姿も見える。
マイクの前に立つネイビーブルーのジャージを来たご婦人はアメリカの方。
陸前高田で英語教師をしていた弟さんを津波で亡くされたそうです。
弟さんはこの地を第二の故郷と思っていたそうで、彼の愛した陸前高田を走ってみたいと参加したとのこと。
このご婦人自身、自転車歴25年の大ベテランであり、下りが大好きなのだそうです。

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スタートは10台づつの組になり、各組に主催者サイドのペースメーカー役のライダーが先導するという形態。
レースではないからね。
10台づつ順にスタートを切っていく。

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GPSログで恐縮ですが、コースはこのような感じ。
左端が陸前高田市街で、ここがスタートとゴールになる。

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ここから右の大船渡市向けて走り、碁石海岸や黒崎仙境などを回りつつ、陸前高田の海岸線を抜けて市街に戻るというコース。
距離は50km弱。

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スタートして間もない地点、陸前高田の海岸方面には何もない。
ただ、瓦礫の山がほとんど見当たらない状態になっている。

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平野部を抜け、高台に入る。
すると、軒先から我々に手を振る方々が。

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オレはレースをしないので、走っていて応援された経験はほとんどない。
何だか気恥ずかしさを感じる自分を認識する。

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同時に、被災地に足を踏み入れているという前日からの緊張も和らいでいく。

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陸前高田の集落を抜け、大船渡市へ向かう道。
海の向こうにも陸地が見えるのは、深く入り組んだ三陸海岸ならでは。
オレの生活圏である神奈川県の沿岸では見られない景色。

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大船渡市に入る。

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ここでも「頑張って~」という声援がかけられる。
走り出すまでは、まさか行く先々で声をかけてもらえるとは思っていなかったんだよね。
でも、実際に我々を笑顔で見送ってくれる方々がいる。
そう思うと、こちらも素直に手を振りたくなるわけですよ。

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最初のエイドとなる碁石海岸に到着。
ここは三陸海岸の名所の一つだそうです。
中央の巨大な岩と、右に見える岩壁が形作るの谷間は「乱暴谷」というらしい。

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その名前、言い得て妙。
写真にはうまく写し取れなかったけれど、岩の大きさは引力を感じるほどに大きく、崖の高さは吸い込まれそうなほどに高い。
天然の造形とは思えぬほどスパっと切り立った斜面が、その荘厳さを増幅している感じがする。

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子供の頃から、海を眺めていると吸い込まれそうになる自分を自覚しているのだけどね。
このような場所では一層強く感じる。

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この辺りを走っていると、来た事もないのに既視感がハンパない。
理由は明快で、三浦半島の毘沙門界隈の光景によく似ているからだね。
ただ、三陸のスケールは三浦よりも遥かに大きい。
懐かしさ半分、感動半分という気持ちで走っていた。

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相変わらず、沿道からは声援を頂戴する。
中でも、ここの皆さんは群を抜いてにぎやかでありました。
写真見る限り、仕込みもなされていたのでしょうか?(^^;

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しかし三陸の道は景色がいい。
今回走った海沿いの道は、自転車で走るのが一番だと感じた。
歩きでは遅過ぎ、車では速過ぎる
この景色と空気感に浸るなら、自転車が一番。
それを思った時、「自転車でしか見られない景色」という言葉を思い出した。
自転車を始めた頃はそれを走るたびに感じていて、それが自転車に乗る喜びだった。
いつから忘れたのかも覚えていないけれど、原点を一つ思い出したのは嬉しいことだったね。

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途中、学生さんと思しき海外からのグループに出くわす。
さすがに陽気で、大きな声で絡んでくる(笑
彼らも復興ボランティアなのだろうか?

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建物があれば、そこには誰かがいる。
こちらも声を掛けられることにも慣れてきて、転ばんばかりに手を振り返す。
このやり取り自体が既に嬉しくなっていたね。

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走っている最中、市内には我々が走っていることを知らせる放送が何度か流れた。
だから通行に注意してというのではなく、応援しましょうという内容だった気がする。

道を進むと、眼前にたくさんの大漁旗がドーンと現れた。
ウチの地元にも大漁旗はあるけれど、こんなにたくさんの旗を見るのは初めて。
その華やかさにはびっくりした。

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これは参加した皆さんも感激だったようで、ゲストの山田玲奈さんも記念撮影しておりました。

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三浦半島を壮大化した印象の三陸海岸。
海岸にこんな大きな木が生えている辺りは、三浦とは違う所だね。
ウチの方はススキだらけなので、海を見た後に林間を走るのは新鮮だった。

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「あ、来た来た」
と手を振ってくれるのは本当に嬉しい。
被災された方々を励ますはずが、逆に励まされるという状況。

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お巡りさんまでニコニコと。
パトカーに乗ったお巡りさんにまで手を振られたのは初めての体験。
そして、ああそうかと気が付いた。

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我々がここに来て、こうして皆さんと感情交換をすること自体に意味があるわけだ。
励ましにしろ、応援にしろ、コミュニケーションは相手があって初めて成立するもの。
オレが一人でどうこう考えても答えが出ないのは当然。

陸前高田の海岸線に入る。
静かな入り江は、津波が来たとは信じられないほど穏やか。

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しかし、ここにも津波は襲ってきたんだな・・・。

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何もない場所で、子供達が手を振ってくれた。
お年寄りが多かったけれど、若いお母さんや小さなお子さんもたくさんいたのが印象的。

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人の良さを知り、自然の脅威を知る。
それが交互に現れる道程。
こんな立派な防波堤が破壊されるとは・・・。

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ウチの地元もそうだけど、海辺の町は波静かな所にあるもの。
だから、陸前高田の海も普段はご覧の通り。
これがまたキレイなんだよね。

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津波に襲われ、大量の塩気を含んだ土地になったと報道されていた。
でも、花も咲いていた。

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この通り、黄金色になった見事な水田も広がっていた。

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陸前高田市街地の中心部へ向かうと、まだ瓦礫が積まれていた。
でも、瓦礫の山を見たのはこの周辺だけだった気がする。

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更地にポツンと残されたビル。
屋上に何か書いてある。

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書いてあるのは、あの高さまで津波が襲ってきたという目印。
文字通り、目を疑った。
ビルの前に立つ人から、その巨大さを比べてみて欲しい。

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実は私も被災者なんです。
一緒に走ってきた釜石のトライアスロングループのお一人が口を開いた。
実はこのキャノンデール、あの日の津波で一度流されてしまったらしい。

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しかし後日、瓦礫の中から自転車が見つかったという知らせがあったそうな。
フレームに名前が書いてあったのが幸いしたそうです。
そのまま乗れる状態ではなかったけれど、馴染みのショップさんの修理で見事に復活。
本当にそんな奇跡があるんだねえ・・・。

広場らしき場所に案内された。
やけに広い道路がドーンと通っている。

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この広場は、陸前高田駅の跡地。
語り部の方が、被災前の航空写真を見せてくれた。
左下に駅があり、周囲には町並み。
今は何もない。

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衝撃的だったのはこの写真。
どこにでもある普通の駅前風景。
この写真はこの場所から撮ったものですよ。
え??

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絶句モノだったよ。
語り部さんの持つ写真と、この写真の視線はほぼ一緒なんだよ。
写真の中の生活感のある平和な駅前商店街が消えている。
その落差がショッキングだった。

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この写真を見ると、周囲の人たちも絶句していた。
絶句するような災禍が、この地を襲った。

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陸前高田駅のホーム。
今は線路も外されている。

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初めて見た者にとっては想像を絶する光景、本来の三陸海岸が持つ美しさ、そして現地の人との交流。
50km弱という距離ではあるけど、含まれたものは多かったよね。
最後はまたまた人々の笑顔で迎えていただき、今回のツール・ド・三陸は終わった。
悶々とした思いを抱えて走り始めたわけだけど、走り終えて自然と湧き上がってきた思いが2つある。

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一つは、三陸海岸は自転車で訪れるのが一番だと言うこと。
あの海岸美を噛みしめるには、歩いたら遅過ぎるし、車では速過ぎる。
今回走ったコースに限って言えば、アップダウンはさほど厳しくはない。
人並み外れて登りが遅いオレが言うのだから間違いないです。

もう一つは、ツール・ド・三陸には可能な限り参加していきたいということ。
瓦礫がなくなり、更地になった土地がどう復興していくのか?
一人の自転車乗りの記録として、その様子をネット社会の片隅で発信することは意味があるんじゃないか?
という考えが自然と湧いてきた。
勤め人なのでボランティア活動はできないまでも、何かお役に立ちたいという思いを向ける場所をやっと見つけた気がする。
オレ自身がこの先どうなるか判らないけどね、今はそう思っていますよ。
それくらい得難い体験だったと思うし。

今回の旅路でお世話になった方々に、感謝致します。

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ツール・ド・三陸2013(前日)

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ツール・ド・三陸を走ってから一週間。
帰宅してからバタバタした日常に戻り、この週末に入ってしまったわけですがね。
しみじみと思い出しては反芻しております。
実に思い出深い旅でありましたよ(^^)

三陸どころか東北の地が初めてだったので、地理は全くわからず。
ひたすら真っ直ぐな東北道を走り抜け、一関ICを降りたら「平泉」と出てきた。

平泉と言えば、中尊寺。
奥州藤原氏の栄華を今に伝える金色堂のあるお寺でありますね。

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あの源義経の終焉の地であるこの地域。
子供の頃から日本史が好きだったので、金色堂はいつか見てみたいと思っていたのだけどもね。
不意に機会が訪れたわけです。

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国宝である金色堂は、覆堂(ふくどう)というコンクリートの建屋の中に丸ごと納まっていて撮影が禁止されている。
なので、日本史の教科書で見たのと同じような写真を撮ってみた(笑

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これは昔の覆堂。
現在のコンクリート建屋になる昭和30年代までは、この建屋の中に金色堂が収まっていたそうな。

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中尊寺は広大な敷地内にたくさんのお堂が並んでいたね。
判りやすく言えば、軽井沢とかの別荘地みたいな感じ。
神奈川のお寺とは違い、レイアウトがゆったりしているのが印象的でした。

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「奥の細道」とはよく言ったもので、芭蕉翁のセンスにいちいち関心。
「夏草や 兵どもが 夢の跡」という句を読む気持ちも分かる気がした。
この辺りはゆっくりサイクリングしに来てみたい場所だね。

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中尊寺を後にして、一路陸前高田市へ。
朝から走ってきたけど、もう夕方になってしまった。

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この先にどんな光景が待っているのかは十分に理解していたつもりだったんだよ。
陸前高田の市街がどういうことになったのか、報道などで見ていたのだから。
陸前高田に近づくにつれ、「高田松原まで○km」という表示も出てくる。
あの白砂青松を絵に描いたような見事な松林は、もうない。
そう思うと、ハンドル握る手も緊張せずにはいられない。

市街に入った頃には、もう日が暮れていた。
山側の高さのある地域には、仮設の市役所などがビッシリ建てられていた。
街中に下りると真っ暗で、周囲には何もない。
実際にこの目で見て、想像を絶する規模にただただ圧倒されてしまった。
立派な道路があるけれど、信号はまだなかった。
一帯は大規模な造成工事をしているようなので、市街地の山側は町全体が工事現場という感じ。
暗いせいもあるけど、津波被害を直接思い起こさせるものはこの辺りには見られなかった。
マジで真っ暗なので、写真はありません。

今日の宿は南三陸。
海側の国道を抜けていく必要があるので、真っ暗な陸前高田市街を抜けて海に向かう。
そこにはこんなバス停がありました。

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津波で壊滅してしまったJR大船渡線は、線路跡をバス専用道に作り変え、BRTという交通システムで復旧されている。
このバス停はその際に新設されたそうです。
ここから数分歩くと・・・

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あの一本松であります。
歩いて見に来ている人達も何組か見ました。
現在の松はライトアップされていて、背景には津波で倒壊した建物がそのまま残る。

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復興は国道45号沿いの方が進んでいるようで、この付近には信号もガードレールも整備されていた。
それに、再建中の企業の建物がいくつかあったのも驚いた。
橋も架設中みたいだし、それだけ見ていれば普通の工事現場にしか見えないくらいに復旧している。
でも、これを見るとやはりドキリとする。
ニュースやYouTubeで散々見た、あの津波は本当にここに来たんだ、と思い知らされる。

あの日、オレは会社で地震に遭遇した。
あれ、揺れてる?という感覚から始まり、そのうちグラリと大きく揺れる。
いつもならグラリと来たら収まっていくのに、どんどん大きくなっていくのは恐怖だった。
誰もがこれはヤバい、普通じゃないと思い始めた時、机の下にヘルメット被って潜れという指示。
しかし揺れは収まらない。
スライドキャビネットはドミノ倒しのように激しく揺れ、子供の頃から教えられてきた関東大震災がいよいよ来たか、と思った。
地震が収まり、建屋の外に避難する。
余震が続くなか、安否確認が行われる。
誰かが携帯でワンセグ放送を見始めた。
「東北だって」
え?そんなに遠いの??
それでこの揺れってことは、あの辺りは一体・・・??
ワンセグの画面を見ると、渦を巻く津波の映像。
船が湾内で激しく流されていたんだ。
帰宅させられ、テレビを付けると見たことのない津波の映像。
鳴りっぱなしの緊急地震速報の中で、余震に怯えながら眺めていたあの津波。

暗くて何も見えないけど、今まさにその場に立っている。
明日の朝、何を見るんだろう?自転車に乗れる気分でいられるだろうか?
という気持ちになったよね。

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今回のツール・ド・三陸は、自転車仲間の友人である地元の方のお誘いが参加のきっかけ。
聞けば、地元の人たちは大勢来てくれることを望んでいるという。
開催が決まっているとはいえ、迷惑じゃないのだろうか?歓迎されるのだろうか?
という葛藤は、現地に着いても消えなかった。
被災地で自転車に乗って、どういう意味があるのだろうか?
そう思うと、明日自転車に乗って走り出す気も萎みそうになる。

とにかく飯を食うために、気仙沼に向かう。
こちらも港は津波でやられてしまったけど、屋台村があるそうな。
途中、津波で流されてきた第18共徳丸の解体現場も通った。
三浦三崎出身のオレにとって、漁船は子供の頃から慣れ親しんだもの。
大きさも重量感も肌で知っているだけに、こんなところまで流されている事実が衝撃的だった。

気仙沼の町は、造成からやり直している様子の陸前高田市より明るかった。
途中、セブンイレブンに寄った。
建物は架設だったけど、看板の明るさは誰が見たってセブンイレブン。
これでどれだけ安心したか。

気仙沼港に着くと、すぐに目に入る復興屋台村。
どことなく、三崎の北条湾の雰囲気に似ている。
港町はどこも同じとはよく言うけれど、初めて来たのに初めて感が少ない。
周囲の建物は押し流され、更地が多い点を除けば・・・。

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復興ボランティアと思しき学生たちも多かったね。
決して広いエリアではないけれど、幅広い年齢層の人たちでにぎわっておりました。

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まぐろ丼の店に入る。
店内にはマグロ漁船の写真が。

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気仙沼のマグロ漁船は、三崎にも水揚げに入ってきてた。
今はどうか知らないが、当時の三崎の小学生は同じ港町である気仙沼のことも教えられていたんだ。
マグロ漁船のお尻には、「第一○○丸」という船名の下に所属する母港が書かれている。
三崎の船なら、「神奈川県 三崎港」という具合。
気仙沼の船なら、「宮城県 気仙沼港」となる。
神奈川の小学生にとって、宮城県なんて外国みたいなもの。
遠くから来てるんだなあと眺めていたことを思い出す。

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三崎出身であることを話したら、ご主人の表情が緩む。
店に掲げてあるマグロ漁船の船名札を見せられ、「ご存知ですか?」と。
すいません、漁業関係者じゃないのでわかんないっす(^^;
我が地元からも支援があったこと、今は気仙沼の船は静岡の清水港で水揚げすることが多いことなどを聞いた。
もちろんマグロはおいしかったのだけど、印象に残ったのはお店の人の明るさ。

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もともとは港の建物でお店をやっていたらしく、屋台村から戻れるように頑張っているのだそうです。
多くの悲しみがあったはずなのに、頑張らないと!という前向きな思い。
「がんばろう東北」
という言葉は、単なるキャッチフレーズではないのだと思った。
直接被災していないオレの方が励まされるくらいで、つまりはそういった感情交換が本質なんだね。
「また来ますよ!」
と店を後にする。

暗がりの陸前高田で見た光景は、やはり衝撃ではあった。
気仙沼から南三陸に至る道でも被害の痕跡は色々と目にした。
アップダウンを繰り返す国道には、津波到達点を示す看板がたくさん設置されていた。
しかし、被災された気仙沼の方々を見てたら、
「意味があるかどうか、走ってみなきゃわからんな。」
と思えたわけです。

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やっと辿り着いた宿は、南三陸の半島の先。
車を降りると、暗闇の向こうに太平洋の海の音。
いやいや東北に来たんだなと実感し、現地放送を楽しみに部屋のテレビを付ける。
そこには踊る大捜査線が(笑
長距離運転の疲れはやはりハンパなく、青島刑事の声を聴きながら寝落ちですよ。
当日の様子はまた次回に(^^)

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今週末もレースだらけ

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この写真は岩手県平泉の中尊寺。
先週末のツール・ド・三陸を含めた東北行き、写真も含めて色々整理しています。
レモンのことはもう書いたけれど、陸前高田、大船渡、南三陸、気仙沼で見たこと感じたことは大きかった。
このへんは週末あたりに書こうかと思っています。

で、今週末も忙しいですよ。
ロードではJBCF美浜クリテリウム、MTBではJシリーズ白山一里野が開催されますね。

以前から言われていることだけど、日本にはヨーロッパみたいな街中ロードレースは少ない。
ヒルクライムとか、CSCみたいなサーキットレースとか、クリテリウムが中心。
狭い日本だし、このへんは如何ともし難いのだろうね。
ただモノは考えようで、クリテリウムって見ている方には面白いと思うんだよ。
短い周回コースだから、選手が何度も目の前を通るわけだから。
特にオレみたいにシクロクロスやMTBレースばかり見ていた人間には、馴染みやすそうなスタイルだと思っているのですけどね。

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カズ選手、ロード転向1年目となるシーズンをここまで頑張ってきた。
思うように結果が出ていないけれど、最近は成長の手応えを強く感じている様子。
レースが多くて大変だと思うけど、思い切りやりあって欲しいものです(^^)

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MTBはXC、DHともに最終戦となる。
XCは前戦富士見が中止になったこともあり、シーズンはあっという間に駆け抜けていく感じだね。

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今季負けなしのままXCランキングトップをひた走る亮選手は、2位の小野寺選手に122ポイントのアドバンテージを持っている。
普通に考えれば、亮選手の2連覇の可能性は高い状況。
ただ、スポーツは何が起きるか判らない。
先週まで、幸平選手や亮選手をはじめとする日本のトップ選手たちは、ランカウィのUCIステージレースに出走していた。
そこで総合優勝したのは幸平選手だったので、全日本に続く刺激を受けたんじゃないだろうか?

何より興味深いのは、今回のレースは東京オリンピックが決まって最初のJ1レースであること。
しかも富士見が中止になって悶々とした思いも少なからずあるだろうからね。
ヤングガン達のモチベーションは高まっていると思うので、ガチガチレースを期待しています(^^)

さらには京王閣では関戸橋から引っ越したフリーマーケットが開催されるそうです。
このフリマ、日本のヴィンテージバイク趣味の一大イベントとなっている。
レモンに会ったばかりで心が当時に逆戻りちうのオレにとっては、ある意味最も行ってはいけない場所。
ギターの世界もヴィンテージ志向が強いので想像つくのだけど、骨董趣味はマジでキリがないんだよね(笑。
オレもキャノンデールの古いのは持っていますが、これはオレ自身と共に古くなったの以外は思い入れの強さで入手したもの。
その意味では、Greg LeMondと書いてあるクロモリレーサーを見たら正気ではいられない自信がある(笑。

レース経過も気になる、ヴィンテージも気になる、陸前高田を思い出して走りたい気分でもある。
そんなこんなで、この週末もオッサンの心は木の葉のように揺れ動く予定でありますよ。

2013 ツール・ド・三陸とりあえず

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岩手県の陸前高田市で開催されたツール・ド・三陸に行ってきましたよ。
往復1000kmを越える距離感はハンパなかったけれども、その甲斐は充分ありました。
オレにとって最初の自転車ヒーロー、グレッグ・レモンにも会えたしね(笑

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もちろん、甚大極まる津波被害の爪跡はまだあった。
実際にこの目で見ると、理解を超える規模にただただ圧倒されてしまう。

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だからこそ、我々を沿道で応援してくださった地元の方々の笑顔が忘れられない。

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初めての東北の地でしたが、すっかり気に行ってしまいました。
また行きたいなあと素直に思っている自分がいます。
帰宅したばかりなので、細かいことはまた後日(^^)

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三浦半島一周

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久々に自転車仲間と三浦半島一周してきたよ。
オレにとっては三浦半島=実家なのだけども、知っているようで知らないものもたくさんある。
自転車趣味も固まってくると走る場所がマンネリになってくるので、やはり皆で走る機会は新鮮でありますね。

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地元を離れている今ですが、三浦半島は帰省などでたびたび走っている。
風景は見飽きているので、そこに特別な感情はなかったわけですよ。
そして、そのうち足が向かなくなる。
ただ、今回は見飽きたはずの風景も、徐々に違って見えている自分に気が付いた。

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大勢で走っているせいもあったかもしれないけれども、目にする光景がいちいち新鮮というか。
生まれ育って見飽きてしまった段階を通り抜けて、郷愁を感じるようになったのかもしれない。
つまり、トシ食ったということかも(笑

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今回、初めて浦賀の渡しに乗ってみた。
1人で走っていたらなかなか乗ろうとは思わないかも。

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以前に尾道を訪ねた時、あの駅前の光景がこの浦賀に似ていると感じたんだ。
尾道の方が規模は大きいけども、渡し舟が現役というあたりも同じ。
水の上は大変涼しかったね。

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久里浜を抜け、野比海岸へ。
ここはいつ走っても風が強いので、トンネル潜る前からすでに諦めていた(^^;

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三浦海岸を越えて、金田の坂。
この坂は急だし長いし、昔から大嫌いだった。
あちこちの峠を覚えた今となっては大した坂ではないはずなんだけれども、トラウマなのかもしれない(笑

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江奈湾。
ここは干潟が残されているのだけど、MTB買ったばかりの頃に凄い光景を見たことがある。

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ちょうどガードレールの外にある干潟の一面に、白くて小さいものがビッシリと。
よく見ると、皆その場は動かないのだけど、手を激しく振っているように動いていた。
何だ?と思って近付くと、それは小さなカニの大群だった。
ここに見えている茶色い部分が全面だからね、かなり驚いた記憶があります。

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宮川公園の風力発電所。
この日は風が強かったので、風車もブンブンと不気味な唸りを上げて全開運転。
羽の真下に立つとかなりの恐怖でありました。

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この日は3つのグループに分かれて走ったのだけど、ガチンコチームを引くのはやはりこの方。
ニッコニコしながら我々とは違うルートまで走っていたようです(笑

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カメラのセットアップもなかなか大変でしたね(^^;

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三崎に到着。

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マグロ待ちの面々w

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この辺りは子供の頃に駆けずり回っていたので、見飽きたレベルで言えば最大値と言える。
とはいえ、40を越えたオレの目には少しづつ違って見えたね。

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綺麗に直した建物もあれば、昔から全く変わらない建物もある。
そのコントラストはこれまでのオレの中にはなかったもので、何とも魅力的に見えたわけですよ。

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この商店街は小さい頃に祖母に連れられて歩いたあたり。
この界隈はおもちゃ屋があったので、ちょっと特別な一帯だったわけです。

昭和50年代はまだ活気があった頃で、商店街には音楽が流れて賑やかだった。
行く先々で、
「あら、お孫さん?」
とあちこちで声をかけられていた祖母も、既にいない。

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このお店も、ウチの祖母のことをご存知だったかもしれない。
おしんが出てきそうな古い船具店の建物に、今風の雑貨屋さんが入っていた。
どんなカタチであれ、こうやって愛されるのは単純に嬉しいことです。

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ミサキドーナツ」なるものがあることも、最近まで知らなかったよ。
オレンジドーナツを頼んでみた。

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秋谷の立石海岸で食ったけど、おいしかったです。

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今回、三崎をここまで新鮮に感じたことがとにかく意外だった。
家を出てずいぶん経つし、郷愁と言えばそうかもしれない。
トシ食ったのも事実だろうね。
何であろうと、生まれ育った街が魅力的に見えたのは嬉しいことには違いない。
こんな自販機がまだあることも知ったしね(^^)

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で、夜は恒例の飲み会。
何が起きたかはここで触れたくないので割愛します(笑
皆さん一日お疲れ様でした~。

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